紀要論文 ショパンによるバロック様式の受容過程に関する研究 : ポーランド時代

加藤, 一郎

29pp.1 - 16 , 2017-03-31 , 国立音楽大学大学院
ISSN:02894807
内容記述
フリデリク・フランチシェク・ショパン(Fryderyk Franciszek Chopin, 1810年3月1日~1849年10月17日)がバロック期の音楽から大きな影響を受けていたことは、一般に広く知られている。しかし、彼がそれを何時、どのような方法で受容していたかについては充分に明らかにされていない。そこで、本研究ではショパンが彼の音楽の形成期にあたるポーランド時代(1810年3月1日から1831年10月初旬)に、バロック様式をどのように受容していたかについて考察し、その受容過程を明らかにすることを目的とする。ショパンのポーランド時代におけるバロック様式の受容は3期に亘って行われていた。ショパンが誕生してからワルシャワ王立大学付属中央音楽学校に入学するまでの第1期(1810年3月1日~1826年8月)は、V. A. ジヴニーの下でのJ. S. バッハを中心としたレパートリーの学習、ベルカント・オペラの聴取、K. A. シモンの教本の学習、ロンドン・ピアノ楽派からの影響、V. V. ヴュルフェルから受けたオルガンの指導やオルガニストとしての活動等を通してバロック様式を受容していたものと考えられる。この時期の彼の作品には初歩的な対位法やスティル・ブリゼは見られるが、模倣対位法はまだ用いられていなかった。中央音楽学校在学中の第2期(1826年8月~1829年7月)は、ショパンはJ. エルスネルの下でJ. P. キルンベルガーに基づいた音楽理論を徹底的に学んだ。彼のこの時代の作品には一重対位法、華麗対位法、模倣対位法、二重対位法が用いられている。特に、《ソナタ》ハ短調作品4、及び《モーツァルト〈ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ〉による変奏曲》変ロ長調作品2には模倣対位法とラメント・バスの重複使用という手の込んだ方法が用いられており、これはこの時期のショパン独自のバロック様式の様式化を示すものと考えられる。ショパンの半音階主義は彼の生得的な資質から来るものと考えられ、彼のこの時代の半音階的和声法はバッハと同様の経過的な方法が用いられていた。しかし、彼の後期の作品では半音階的和声法と対位法の関係は更に強固になり、次世代の先端的な和声法を先取りするところまで到達した。ショパンは中央音楽学校を卒業してからパリに移るまでの第3期(1829年7月~1831年10月初旬)は、エルスネルから学んだ音楽理論から離れ、彼独自の方法で新たな創作領域を開拓していった。しかし、一方ではA. クレンゲルなどの海外の音楽家との交流等を通してバロック様式に対する敬意を保ち続け、モティーフの反復によってコラール書法を描き出す方法で練習曲を書くようになった。これは、バロック期の「前奏曲」のロマン派ピアノ音楽の「練習曲」への応用と見なすことができる。ショパンはポーランド時代、バロック様式の強い影響下で育ち、特に、ポーランド時代の第2期にはエルスネルから古典的な対位法を集中的に学んだ。そうした環境と教育によって、ショパンの音楽的思考の根幹にバロック様式の尊重が深く刻まれて行ったものと考えられる。

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