Departmental Bulletin Paper 『真面目が肝心』における笑いの仕掛け

落合, 真裕

Description
本稿ではオスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854–1900)の『真面目が肝心』(The Importance of Being Earnest, 1895)における笑いをもたらす仕掛けについて考察する。ワイルドが活躍していた19世紀末のウェスト・エンドでは、ヴィクトリア朝的道徳観がベースとなった勧善懲悪のセンチメンタルなストーリーが好まれていた。彼はその風潮に合わせて感傷的要素を盛り込んだ風習喜劇を創作することで、人気劇作家となった。最後に世に送り出した『真面目が肝心』(The Importance of Being Earnest, 1895)は、前3 作品以上に人気も高く、大傑作と評された。前3 作と大きく異なるのは、感傷的な雰囲気が排除されている点である。感情を揺さぶられるようなシーンや台詞はなく、ひたすら観客に笑いをもたらす仕掛けが絶え間なく続く。仕掛けのひとつとしてあげられるのは、登場人物と状況の設定である。観客にとって見慣れた社交界とそこにいる人間たちが、一見リアルに再現されているようであるが、実際は現実世界ではありえない非現実的なナンセンスの世界が広がっている。真面目なことが不真面目に、非常識が常識に、些細なことが大事に扱われる。皮肉が込められた副題であるA Trivial Comedy for Serious People からも読み取れるように、この非現実的な空間の設定によって、ブルジョア的道徳観、俗物主義、偽善に対するワイルドの非難が込められている。とは言いつつも、それほど深刻さを帯びずむしろ笑いを誘う。2つ目としては、普遍的真理をついた警句や諺の使われ方である。ストーリーから切り離してそれらを取り出すと、ワイルドの鋭い風刺精神が垣間見られるのだが、ストーリーの流れに即してとらえると、むしろ可笑しみが生じる。ワイルドは笑いを誘う仕掛けを盛り込むことで、社会の風潮や体制に不満をぶつける以上に、観客たちに笑う、楽しむという人間が生まれながらにして持つ、本能の解放の機会を与えていると考えられる。
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