研究報告書 平成29年度発掘調査報告書
へいせいにじゅうくねんどはっくつちょうさほうこくしょ

西澤,正晴  ,  佐々木,昭太  ,  澤目,雄大  ,  杉沢,昭太郎  ,  趙,哲済  ,  河村,美佳  ,  福島,正和  ,  舩渡,耕己  ,  白戸,このみ  ,  菊池,貴広  ,  遠藤,修  ,  佐々木,あゆみ  ,  藤田,崇志

(692) 20180322 , 公益財団法人岩手県文化振興事業団 , 公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
NII書誌ID(NCID):BB2634153X
内容記述
岩洞湖I遺跡、岩洞湖H遺跡岩洞湖I遺跡からは、遺構・遺物とも出土しなかったが、調査区周辺には遺構が地表面に露出している。岩洞湖H遺跡からは、陥し穴状遺構1基を確認したが、I遺跡と同様に、周辺には各時代の遺構が露出している。また、H遺跡からは多数の遺物片を採取した。和野新墾神社遺跡今回の調査区は遺跡の西端部にあたる。遺構や遺物が多くなかったのも遺跡縁辺という立地によるものと考えている。北野ⅩⅡ遺跡縄文時代の陥し穴状遺構を3基検出した。いずれも溝状の平面形態で、検出層位から縄文時代中期以降の狩猟域であったことが判明した。また、縄文時代早期や弥生時代後期の遺物を含む遺物包含層が部分的に残存しており、周辺に当該期の居住域が存在することを示唆している。木戸場遺跡検出された縄文時代の陥し穴状遺構は、中掫火山灰の上面から掘り込まれており、縄文時代前期よりも新しい。焼土についてはその場で火を炊いた炉跡ではなかった。集落ではなく狩猟の場であったといえる。中野城内遺跡縄文時代の陥し穴状遺構を8基検出した。8基はすべて溝状の平面形態で、検出層位から縄文時代中期以降の狩猟域であったことが判明した。また、縄文時代早期中葉の遺物を多く含む遺物包含層や土坑を検出しており、周辺に当該期の居住域が存在することを示唆している。沼里遺跡今回の調査で、縄文時代晩期末葉~弥生時代の竪穴住居1棟、古代の竪穴住居1棟が検出された。平成28年度調査の結果と考え合わせると、縄文時代前期~古代にかけて集落が継続して営まれていることが明らかになった。根井沢穴田Ⅳ遺跡今回の調査で、古代の竪穴住居1棟が検出された。また、縄文時代後期前葉、弥生時代後期の土器が出土していることから、調査区西側に該期集落跡の存在が推定できる。耳取Ⅰ遺跡今回の調査では出土遺構は時期不明の土坑1基に留まったが、出土量は少量であるものの縄文時代前期から弥生時代後期までの土器や石器が発見されており、調査区周辺に同時期の居住地が存在した可能性が考えられる。千厩城遺跡今回の調査では、切岸と平坦面からなる曲輪を1箇所検出した。周辺の地形測量から複数の曲輪が残存していることがあらためて判明した。過去の写真と比べると地形改変が著しい千厩城のなかで、斜面部を中心に残存している部分は重要といえよう。
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http://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach/30/30196/21847_1_平成29年度発掘調査報告書.pdf

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