Research Paper 二ツ塚遺跡
ふたつづかいせき
寺田線鉄塔建替(No.23~No.26)工事に伴う埋蔵文化財調査報告書

片山,博道  ,  中村,賢太郎  ,  伊藤,茂  ,  安,昭炫  ,  佐藤,正教  ,  廣田,正史  ,  山形,秀樹  ,  小林,紘一  ,  Zaur,Lomtatidze  ,  野口,真利江

(34) 20170328 , 北陸電力株式会社富山支店総務部用地チーム , 立山町教育委員会 , 株式会社上智
NCID:BB23404189AN10274666
Description
二ツ塚遺跡では過去3次の調査が行われており、竪穴建物54軒、土坑・柱穴等461基検出されている。これら3次の調査によって、二ツ塚遺跡は縄文時代中期から後期にかけて大規模な集落が営まれていたと周知されている。今回の調査はこういった中において行われ、不明遺構3基と樹木痕55基を検出し、本調査区は集落の周囲に覆い茂る森林の跡であることが分かった。過去の調査においても石斧類は1000点以上出土しており、今回の調査においても樹木痕から出土していることから、本調査区が木材需給の場であった可能性を示唆している。遺物は、縄文土器・石斧類が少量出土している。縄文土器は中期中葉の古府式の中でおさまり、比較的まとまった時期の土器群であることが分かった。この土器群は第2次調査の3・4区の土器群と同じ時期である。これに対して、第2次調査の1・2区の土器群は中期後葉(串田新式)から後期前葉(気屋式)であり、これは第3次調査の時期と同様である。これらのことから、二ツ塚遺跡が中期中葉の北部集落と中期後葉から後期前葉の南部集落に分かれ、時期の異なる2つの集落の存在を明らかにすることができた。
Full-Text

http://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach/29/29679/21526_1_二ツ塚遺跡.pdf

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