Research Paper 熊の作遺跡ほか
くまのさく いせき ほか
常磐線復旧関連遺跡調査報告書

初鹿野,博之  ,  相原,淳一  ,  矢口,裕之  ,  吉野,武

(243) 20161209 , 宮城県教育委員会 , 宮城県教育委員会
NCID:BB22729417
Description
 戸花山遺跡では3 地点を調査し、焼成土坑などを検出した。丘陵全体に古代の生産遺構が散在すると考えられる。 狐塚遺跡では、斜面で弥生時代中期後半および古代の遺物包含層などを調査した。 向山遺跡では、丘陵縁辺部で9世紀代の竪穴住居跡や掘立柱建物跡を多数確認した。建物内に炉跡を伴うものがあり、鍛冶を中心とした工房群と考えられる。 熊の作遺跡では、7 世紀~ 9 世紀頃の集落跡・官衙跡を調査した。7世紀代には、丘陵上方に竪穴住居跡・掘立柱建物跡が分布する。8 世紀代になると、低湿地に近い場所に大型の掘立柱建物跡やそれらを囲む門・塀跡が確認された。湿地からは8 世紀初頭の郡里制に基づく木簡、「天平宝字四年」(760 年)銘の木簡、「大領」「子弟」墨書土器などの遺物が出土しており、古代亘理郡に関連する官衙跡とみられる。9世紀代にも、有力者の居宅とみられる大型の掘立柱建物跡や竪穴住居跡が分布し、周辺の丘陵における生産活動に深くかかわっていたと考えられる。 犬塚遺跡では7世紀末~8世紀初頭頃とみられる製鉄炉跡を調査した。周辺の竪穴住居跡には鍛冶炉を伴うものがあり、7世紀後半~8世紀代の製鉄・鍛冶に関連する集落跡と考えられる。 新中永窪遺跡では、古代の生産遺構が密集・重複して確認された。最も古い横口付木炭窯跡2基は、7 世紀後半から8 世紀前葉頃とみられる。8 世紀中葉には木炭窯跡4 基、須恵器窯跡3 基、製鉄炉跡(竪形炉)1 基が検出され、周辺には土器製作工房や鍛冶工房とみられる竪穴住居跡が分布する。 雷神遺跡は7 ~ 8 世紀頃の集落跡で、竪穴住居跡8 軒などを調査した。 山ノ上遺跡では焼成土坑2 基を調査した。古代の小規模な生産遺跡とみられる。
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