研究報告書 中波後山遺跡・宇波ウワノ遺跡・惣領野際遺跡発掘調査報告
なかなみうしろやまいせき・うなみうわのいせき・そうりょうのぎわいせきはっくつちょうさほうこく
能越自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘報告

越前,慎子  ,  青山,晃  ,  島田,亮仁  ,  新宅,茜

15 ( 68 ) 20160311 , 公益財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所 , 公益財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所
NII書誌ID(NCID):BB2091117X
内容記述
・中波後山遺跡では,中世の集石遺構と平坦面を検出した。集石遺構は13世紀後半から15世紀代の間に3段階の変遷を経ている。平坦面も同時期に利用されていたと考えられる。蔵骨器と推測される珠洲の壺や石仏の出土があり,葬送や宗教的な活動に関わる場所であった可能性が高い。・宇波ウワノ遺跡では,弥生時代終末期の竪穴建物,古代の掘立柱建物と焼土坑,中世の集石遺構等を検出した。古墳については,墳丘状の地形と周溝状の溝を確認したが埋葬施設や盛土は検出されなかった。焼土坑は眺望の良い丘陵頂部付近にあり,炭化物の放射性炭素年代測定では7~9世紀の年代が得られた。一段低い尾根上の平坦地には8世紀の掘立柱建物があり,これらは古代の烽に関連する可能性もあるが断定できない。中世の集石遺構は丘陵頂部と斜面にあり,頂部の1基は盛土を伴う塚とみられるが,構築の目的は不明である。・惣領野際遺跡では,古墳時代前期の自然流路と,中世前期の掘立柱建物や溝からなる集落を検出した。溝の方向は東西・南北の方角に近く,13世紀前半には条里地割に則った開墾が進んでいたとみられ,耳浦荘に関連する集落の可能性がある。
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http://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach/22299/16475_1_中波後山遺跡・宇波ウワノ遺跡・惣領野際遺跡発掘調査報告.pdf

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