研究報告書 長野県諏訪地方におけるラッパ文化の形成に関する研究

奥中, 康人

2016
内容記述
大阪大学→静岡文化芸術大学
芸術学・芸術史・芸術一般
長野県諏訪地方におけるラッパ文化の一端を調査するため、7月、8月、10月の三回にわたって、消防ラッパの現地調査を行った(7月:諏訪地区消防協会主催のポンプ奏法及びラッパ吹奏大会(岡谷市)、8月:長野県消防協会主催の消防ラッパ吹奏大会(伊那市)、10月:諏訪地区消防協会主催の合同練習会(諏訪市))。ラッパ吹奏技術の向上を目的した長野県消防協会主催の消防ラッパ吹奏大会が、競技(演奏)に関する規定によって、出場団体の画一化、均質化が顕著にならざるをえないのに対し、諏訪ローカルの大会は県大会の規定に遵守しつつも、部分的に異なったルールを以前より採用しつづけている。とりわけ自由な演奏楽曲の選択に特徴がある。今年度の三回の調査においては、大会の様子をビデオ撮影した他、関係者からの聞き取り調査を行った。研究目的の一つである昭和期の実態やラッパ文化の形成プロセスについては、まだ不明な点が多いが、市町村図書館における文献調査によると、明治以降の長野県内各地において、消防組にラッパが配備され、昭和期にラッパ隊が組織され、地区大会が開催されていく経緯は、消防組(消防団)や地区によってさまざまで、それは現在の統一されたはずの県レベルのラッパ吹奏大会においても、まだ微妙な不和と軋轢として残っていることが確認できる。諏訪地方にみられる自由な楽曲創造活動は、実は吹奏楽団や管弦楽団の経験のある高度な音楽知識をもつ団員(この地方の職業音楽家で、消防団員・消防ラッパ隊員を兼ねている)によってリードされている。ただし、その高度な知識に基づいおて創作(編曲)された楽曲は、決して高踏主義に陥らず、他のメンバーにも強く支持され、独特の音楽文化を形成している点が、きわめて興味ぶかい。
・2011年度からの継続調査として(研究実施計画の通り)長野県諏訪地方におけるラッパ吹奏大会(7月:岡谷市における諏訪地方におけるローカルな大会。8月:上田市における長野県消防ラッパ吹奏大会)の取材、調査。映像撮影。・2011年度からの継続調査として、長野県内の図書館等における消防・ラッパ関係資料の収集。および昭和40~50年代にラッパ手をつとめていた消防団員OB、消防署員へのインタビュー調査(2月、岡谷市)。諏訪地方のラッパ文化にとって転換期ともいえる昭和50年代の情報について、当時のラッパ手の証言、当時の市町村広報等から、「ラッパ隊」という制度の成立や「吹奏大会」の成立に関して、具体的な実態の一端を明らかにすることができた。もっとも、インフォーマントの記憶の喪失、残存する史料の制限によって、不明な点も多く残っている。・2012年より、近代日本における金管楽器製造の歴史を主に雑誌『ミュージックトレード』『楽器商報』等の文献、国立国会図書館におけるデジタルライブラリー等によって調査を始める。そもそもこれまで日本における西洋楽器製造業史は、ピアノやバイオリンに偏り、管楽器についてはほとんど顧みられてこなかった。そこで、さまざまな雑誌等に散在している記事や当事者の回顧録等の情報を可能な限り総合し、明治~昭和期における金管楽器製造の歴史に焦点をあて、日本の金管楽器製造の観点から、ラッパの製造および普及をとらえることが可能となる。現時点では、日本管楽器、上野管楽器等、日本管楽器製造業の黎明期の情報を整理することができる基本的なデータを得た。

このアイテムのアクセス数:  回

その他の情報