紀要論文 莫言の作品『豊乳肥臀』における「母親像」分析

孫, 佳宇  ,  SUN, Jiayu

2pp.135 - 146 , 2016-02 , 西南学院大学大学院
ISSN:21895481
内容記述
1996年、莫言の長篇小説『豊乳肥臀』が出版された。当作品の主人公である上官魯氏は、これまでの中国文学に度々登場してきた「母親像」とは異なり、中国封建社会の価値観や倫理観に大きく反抗している点がとくに注目された。莫言は、この作品において一連の不倫を始め、母親の出産や露骨な性愛場面などについて描いた。『豊乳肥臀』が発表された当時、中国の文学界では大きな論争が巻き起こり、当該作品が文学賞に値するかどうかをめぐり評価が大きく分かれ、マスメディアにも大々的に取り上げられた。私が最初にこの作品と出会ったのは大学時代である。初めてこの本を読んだときは、作品中の内容を深く理解することができなかった。しかし、結婚して母親となった今、『豊乳肥臀』に描かれた母親に大いに共感するようになった。それは、単に母親になったからというだけではない。作品の中で、上官魯氏は9人の子どもを抱え、波瀾万丈な子育て人生を送っている。私は、人生の全てを子どもに捧げて逞しく生きていく上官魯氏の生命力溢れる姿に、そして、時代や世代を超えて母親が子どもに注ぐ普遍的な母性を感じ取ったのである。莫言は、作品の中で上官魯氏にいくつかの特色を持たせた。それは、閉鎖的な社会に対する反抗心、粘り強い精神力、強烈な感受性、道徳・倫理をも破る大胆な行動力などである。これらの特色は、閉鎖的な社会においては不道徳であると見なされる場合が多い。しかし、彼女はなぜ敢えてそのような生き方を選んだのだろうか。中国文学における母親は一般的に、家族のため、子どものため、自己犠牲を強いられながらも辛抱強く生きていく。そして、このような人生は、数千年に及ぶ中国父権社会において称賛され続けてきた。しかし、莫言はこの作品を通して、封建社会に反抗し、大胆な行動を以て強い生命力を子どもに注ぐ「母親像」をリアルに描き出したのである。莫言の他の作品の中にも「母親」は登場し、そこから莫言の「母親像」を考察することは可能である。しかし、『豊乳肥臀』以前の作品では、父権社会の中で称賛され続けてきた「母親像」がほとんどである。彼女たちの生き方は、現代の母親像からかけ離れており、『豊乳肥臀』において初めて、伝統社会の価値観や倫理観に対抗した新しい「母親像」が登場したと言っても過言ではない。私が本論において考察の対象とした『豊乳肥臀』は、合わせて3版まで出版されている。第1版は1996年1月に出版され、後に過激な描写を削除した第2版が2001年に出版された。本論では第1版を考察の対象としており、それは、第2版以降は批判を受けて過激な性描写などが書き換えられ、または削除されたからである。私がここで注目したいのは、伝統社会の観念を脱ぎ捨て、生命力溢れる「母親像」についての描写である。このような生き生きとした母親像は、核家族化によって母親になることに不安を持つ現代の女性たちに新たな希望を与えてくれるかもしれない。現代の女性にとって、母親になることは決して生命を受け継いでいくだけのことではない。家事・育児・就労といった幾つもの役割を一人でこなさなければならず、心身ともに疲労困憊して、通常の精神力ではとても耐えられない人生経験といえる。しかし、莫言の「母親像」からは、いかなる困難に遭遇しても希望を持ち続ける姿勢が見受けられる。莫言の描く「母親像」は、ある意味において現代の母親となることに不安を抱える女性たちに希望と勇気を与える原動力になれ るのではないだろうか。具体的には、上官魯氏の特色として以下の三点に注目したい。これらの特色は、作品を通じて貫かれた上官魯氏の生き方とも言えよう。①封建社会に反抗すること ②粘り強い精神力をもつこと③強い感受性をもつこと 本論は、この作品から具体例を抽出し、これらの特色を上官魯氏がいかなる行動で示したかについて考察したものである。それから、上官魯氏の「母親像」にはどのような要素が含まれているかについて分析し、莫言自身の母親である高淑娟と上官魯氏の「母親像」についての比較分析を試みた。
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http://repository.seinan-gu.ac.jp/bitstream/123456789/1329/1/gs-n2-p135-146-sun.pdf

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