Departmental Bulletin Paper <研究論文>雑誌『労農』研究 : 占領期山形における地方文化運動の再検討のために
A Study of the Rōnō Journal : Reexamining the Occupation-Era Yamagata Local Culture Movement

森岡, 卓司

56pp.149 - 171 , 2017-10-20 , 国際日本文化研究センター , International Research Center for Japanese Studies
NCID:AN10088118
Description
 本稿は、1946年に山形で発行された雑誌『労農』の検討を通じて、占領期における地方文化運動の一側面について明らかにしようと試みる。
 山形における占領期の地方文化運動について、非政治的な運動に焦点をさだめ、政治運動的な要素を持ったものについてはその意義を低く評価する語りが現在においても支配的だが、そうした事後的な操作には一定の死角が存在する。1946年に米沢を拠点として発行された雑誌『労農』が、夭逝の詩人森英介の「前史」としてのみ捉えられてきたことも、その一例とみなすことができる。
 後に森英介と名乗った佐藤徹が編集発行人となった『労農』は、既存の言説資源を大いに活用した政治的論説誌として出発した。第2号の誌面において最も中心的な扱いを受けているのは、そのころ労働前衛党を結成した佐野学であるが、執筆者の顔ぶれや佐藤による社説、編集後記などを仔細に検討するならば、その誌面には昭和研究会、国民運動研究会、石原莞爾に率いられた東亜連盟運動などからの影響を確認できる。
 しかし、最終号となった第3号において、政治運動を牽引する「前衛」像のヒロイズムに焦点化する「行動主義」を標榜することで、『労農』は大きくその方向性を転換する。政治過程への具体的な参画を運動の目標から外した第3号の誌面には、政治的論説と文学テクストとを「行動」という抽象的な理念によって結びつけようとする方針が明確に打ち出される。その方針転換の結果として掲げられた「新地方主義」は、「セクト的な郷土趣味」の閉鎖性を糾弾し、普遍性を持った「世界的な意義」を地方文化運動に追求するものとなっている。
 経験的な「地方」からの離脱を志向した『労農』は、「行動文化」の標榜の中に、〈地方〉としての「東北」表象に対する批評性を浮上させた。そこには、〈全体/部分〉という区分を用いたアイデンティティポリティクスの隘路へと帰着せざるを得ない「地方」を巡る語りの臨界を看取し得る。
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