Departmental Bulletin Paper <研究論文>井上哲次郎と高瀬武次郎の陽明学 : 近代日本の陽明学における水戸学と大塩平八郎
The Yōmeigaku Learning of Inoue Tetsujirō and Takase Takejirō : Mitogaku and Ōshio Heihachirō in Modern Yōmei Studies

山村, 奨

56pp.55 - 93 , 2017-10-20 , 国際日本文化研究センター , International Research Center for Japanese Studies
NCID:AN10088118
Description
 本論文は、日本の明治期に陽明学を研究した人物が、同時代や大塩の乱のことを視野に入れつつ、陽明学を変容させたことを明らかにする。そのために、井上哲次郎と教え子の高瀬武次郎の陽明学理解を考察する。
 日本における儒学思想は、丸山眞男が説いた反朱子学としての徂徠学などが、近代性を内包していたと理解されてきた。一方で、明治期における陽明学を考察することで、それと異なる視角から、日本近代と儒教思想との関わりを示すことができる。明治期に陽明学は変容した。すなわち、陽明学に近代日本の原型がある訳ではなく、幕末期から近代にかけて、時代にあわせて変わっていった。
 井上哲次郎は、陽明学を「国家主義的」に解釈したとされる。井上にとっての国家主義とは、天皇を中心とする体制を護持しようとする立場である。井上は陽明学を、国民道徳の理解に援用できると考えた。その態度は、キリスト教が国民の精神を乱すことに反発していたことに由来する。国内の精神的統一を重視した井上の陽明学理解は、水戸学の問題意識と共通する。しかし井上の陽明学観は水戸学に影響を受けた訳ではなく、幕末期に国事に関心を向けた陽明学者の伝統を受け継ぐ。また井上は、体制の秩序を志向していたために、大塩平八郎の暴挙には否定的であった。
 一方で日本での陽明学の展開は、個人の精神修養として受け入れられた面を持つ。その点で、高瀬武次郎の主張は注目に値する。高瀬は陽明学が精神を修養するのに有効であり、同時に精神を陶冶した個人が社会に資するべきことを主張した。また井上の理解を踏襲しつつも、必ずしも井上の見解に与しなかった。高瀬は、大塩の行動に社会福祉的な意義も認めている。高瀬は幕末以来の実践重視の思想の中で、陽明学に新たな意味を付与した。その高瀬は、後に帝国主義に与した。
 近代日本の陽明学は、時代状況の中で変容した。井上は国民の精神的な統一を重視したが、高瀬は陽明学による修養の社会的な意義を積極的に説いた。
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