紀要論文 社会、言語、思想──スコットランド啓蒙の諸相──

古家, 弘幸

内容記述
本稿はスコットランド啓蒙が果たした大きな思想的貢献として、道徳哲学と経済学を取り上げる。そしてスコットランド啓蒙思想全体に共通する特徴の一つとして、人間の持つ自然な社交性についてのストア的分析について紹介する。 スコットランド啓蒙の道徳哲学において、ハチスンはキケロの中で規範主義的なストア哲学に好意的な部分を重視しつつキケロをストア派として読んだが、ヒュームはキケロを懐疑派として理解し、特に確率や錯覚、美や徳の判断基準としての功利性の重視など、懐疑派の現実主義的な側面を評価し、そこに自身が構想する実験的方法に基づく道徳論との親近性を見ていた。スミスは、マンドゥヴィルの逆説をストア哲学の厳格主義的な道徳論を放棄することで解決しようとしたヒュームの方法には賛成できなかったが、ヒュームがエピクロス派や懐疑派の道徳論から受け継いだ現実主義的な側面は評価し、むしろハチスンが好意的に受け入れたストア哲学の規範主義的な側面に批判の目を向けた。スミスは慈善や憐憫を説き富や地位の魅惑に警告を発する道徳家たちを尻目に、身分の上下や社会秩序と平和が、目に見えにくく不確実な知恵や徳ではなく、明白に違いが分かる出自や富に基づいているという現実を、道徳家たちの教えの正しさとは別に事実として認め、むしろ肯定的に捉えている。スミスの道徳哲学はストア哲学やハチスンを始め、伝統的な道徳哲学の権利問題重視から、ヒュームに影響を受けて現実問題重視にスタンスを変えた点に長所があり、それゆえに経済学の源泉となり得たのだと見なすことができる。 スコットランド啓蒙の経済学において、スミスの「見えざる手」のコンセプトは、社交性や社会の調和、独立した個人の行動の背後で働く神の摂理の導きなどのストア派の思想の再考と言語の革新を通して練り上げられた成果であった。『道徳感情論』と『国富論』の両著で頻繁に使われる「ひとりでに」(of its own accord)などのスミスの言い回しは、ストア哲学の言語が、経済の各部門・各産業が独立しつつ相互に協調し合うことで最大の利益を生み出す「自然的自由」の状態をスミスが描写するために応用され洗練される過程の中で、経済学の言語として昇華された典型的な表現である。キケロを通じたストア哲学の言語を発展させていったことは、ストア哲学に強く影響されたハチスンの道徳哲学をヒュームが既に破壊してしまった後の時代にあって、それでもスミスをしてヒューム的な懐疑論に陥ることなくマンドゥヴィル批判を可能にした戦略であり、スミスが創り上げた経済学の言語はその産物であった。 ストア哲学の言語は、自然法学とシヴィック・ヒューマニズムという相反する思想的伝統の双方の言語の源流であり、両者の思想的伝統がどのように18 世紀スコットランドにおいて再融合し、啓蒙思想の形成に寄与したかという複雑な思想史を解き明かしていく上で結節点を占めている。
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