紀要論文 北魏洛陽における金墉城の機能

角山 典幸

(82)  , pp.95 - 126 , 2015-10-30
ISSN:0287-3877
内容記述
漢魏洛陽城遺址の西北角に構築された金墉城は、北魏王朝の洛陽遷都直後に政治拠点とされ、宮城完成後には離宮とされた。しかし、それぞれの時期の金墉城がどのように使われ、いかに機能したかについては十分に検討されていない。そこで、金墉城の機能を分析した。洛陽遷都直後の金墉城では、光極殿が正殿とされ、東堂・西堂を付属していた。また、光極殿東堂が朝臣の引見場所として使われていた。このような建築構造、使途はのちに宮城の正殿として建設される太極殿及びその東堂と同様である。ゆえに、光極殿が洛陽遷都直後の政治中枢であったのである。当該期における皇帝の居住殿舎は金墉城内の清徽堂で、ここで朝臣を招いた宴会や時々の政治課題の議論がなされていた。景明三年(五〇二)に宮城内に太極殿が完成すると、金墉城には離宮のほか「金墉中書外省」と粛民郷徳宮里が置かれた。したがって、金墉城には政治機能が残され、かつ、官人居住地としての機能が付与されたのである。
本文を読む

http://ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/8285/s/6428/

このアイテムのアクセス数:  回

その他の情報