Departmental Bulletin Paper 死と「鏡」としての現象―自然の存在学のために:セザンヌとメルロ= ポンティ―

小嶋 洋介

(81)  , pp.173 - 200 , 2015-10-30
ISSN:0287-3877
Description
本論考は,セザンヌの絵画から喚起される「死」の位相を論究することを通じて,メルロ= ポンティの後期哲学において提起されている「鏡」の哲学との連関を討究するものである。もっとも,我々は,セザンヌが「死」をテーマに描いた画家だと見做しているわけではない。セザンヌは,ごく初期の作品を除けば,死の「場面」のような激烈なドラマとは無縁の,専ら日常的風物や人物をモデルに描き続けている。しかし,その絵画世界が,通常見慣れた情景とは一変した様相を呈示してみせる時,そこに「死」の存在論的位相が看取されるのである。ここでいう「死」とは,「自我」の「無」化の実践であり,セザンヌの制作とは,その死を通じて自然の「あるがまま」を生起させることである。そのような観点が,「鏡」の哲学に繫がる。なぜなら,メルロ= ポンティの後期哲学のテーマである「肉」の存在論は,〈差異=関係〉システムの現出としての存在論的「鏡」の提起であり,それは「主体と客体」「意識と物」「有と無」といった対立構造に還元されない「鏡」としての現象こそ,生きられる世界の「あるがまま」,実相であることを論究するものだからである。
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http://ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/8253/s/6392/

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