紀要論文 『存在と時間』における時間性と自己の問題について(2)

有馬, 善一

内容記述
『存在と時間』は体系的な記述を取っているにもかかわらず、その全体的な構成や概念相互の関係を改めて問い直すならば、容易に解きほぐすことができない難しさを持っている。本稿は、その困難の所在を明らかにする第一歩として、『存在と時間』第一部第二篇において議論される死の問題が、体系を構成する上でどのような役割を期待されていたのか、また、そこにどのような問題点が潜んでいるのかを明らかにすることを目指した。本稿における結論は、以下の通りである。すなわち、死の分析をつうじて獲得された死への先駆という現存在のあり方は、確かに現存在が可能的な全体存在であることを証示するものであるが、これが本来性とリンクすることによって、非本来性/本来性の二者択一へ、さらには、本来性が根源的であり、現存在の根拠となるという主張につながっていく。これに対して、我々は、死は日常性との間で本来、相互補完的なものとして捉えられるべきであり、本来性への過度の傾斜は、日常性の『存在と時間』における位置を危うくすると考える。
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