Departmental Bulletin Paper リクールにおける人間と悪

川崎, 惣一

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 本論の目的は、人間と悪とのかかわりをめぐって、悪をめぐる一つの問題、すなわち「私たち人間が悪を免れることができないとすれば、その悪に対して私たちは何をなしうるか」という問題に対して、リクールの哲学から示唆を得ることにある。 悪の問題は、リクールにとって、その初期から晩年に至るまで、一貫して主要な関心事であった。たとえば『有限性と有罪性』(『意志の哲学Ⅱ』)(1960)は悪の問題について主題的に論じた著作であり、悪が存在する理由を人間の「過ちやすさ」に求めようとしている。神話において悪は人間にとって外在的なもの(「誘惑」)として語られているが、悪はむしろ人間の根源的な「不均衡」「自己との不一致」が理由で出現してくる。人間が悪を自らの為した悪としてその責任を引き受けようとすることで、人間の自由が逆説的に証明されることになる。後期の主著でありリクール思想の集大成とも目される『他者のような自己自身』(1990)では、「善い生き方」を目指す人間が、悪が存在するがゆえに道徳による試練を経なければならない、という仕方で、悪は「善い生き方」への媒介を為すものとして位置づけられている。 リクールの思想がその基盤としている彼固有の哲学的人間学においては、善は悪よりもいっそう根源的であり、人間は「善い生き方」を求めている。過ちやすさを免れない人間は、悪の可能性を内に含んでおり、また実生活において悪を為してしまうことがあるとしても、「それにもかかわらず(malgré)」、その悪に対抗しつつ「善い生き方」を目指すことによって再生の希望へとつなげていくこと、ここにこそ、人間と悪をめぐるリクールの思想の到達点があるように思われる。
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