紀要論文 『一百四十五箇条問答』の「罪」をめぐって
A study about Sin "Ippakushijugokajo-mondo" in Honen's view

川内, 教彰

101pp.1 - 17 , 2017-03-01 , 佛教大学仏教学部
ISSN:2185419X
NII書誌ID(NCID):AA12514496
内容記述
建仁元年(一二〇一)に近い年代に成立したとされる『一百四十五箇条問答』は、法然在世当時の女性貴族のライフサイクルに着目した場合、そのすべてが女性からの問いと見て差し支えなく、女性信者の日常の祭祀や神仏への祈願(安産・子供の息災などの現世利益)、あるいは晩年における出家・仏道修行など、当時の習俗(禁忌)や風説などを含めた、さまざまな宗教儀礼に関する、細かな作法・しきたりや仏道修行の内容が、功徳や利益となるのか、あるいは根拠がなく気にしなくてよいことなのか、さらには罪業・悪業でしかないのかということが問われている貴重な史料であるといえる。本稿では、この問答中「つみ=罪」という語句を含んだ都合三十三例より、法然が罪となると答えている問答十一例を抽出し、五逆・十悪の者でも念仏すれば往生することができると説く法然が、なぜこれらを「罪」としているのかという点について考察した。その結果、法然は、女性として壮年期には仏縁の薄いことをうけて、仏道を志したのであれば、如何わしい説教師の言説や教学的根拠のない風説に惑わされることなく、しかも出家して尼になった以上は、しっかりと戒律を護り、一向専修念仏の功徳を積んでいって欲しいと考えておられ、それがこのような回答に結びつくことになったのではないかと推論した。法然が罪と断定しているその厳しい言葉の背後には、在家・出家を含めた女性信者への思いやりや配慮があったとみることができるように思うのである。
『一百四十五箇条問答』
女性と仏教
女性罪業論
法然の女性観
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http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BR/0101/BR01010R001.pdf

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