紀要論文 ヴェーバー『理解社会学論』の執筆事情とその定位 : リッケルト宛書簡を手がかりとして
Hintergrund und Stellung des Aufsatzes ,,Uber einige Kategorien der verstehenden Soziologie“ von Max Weber : Mit der Untersuchung seiner Briefe an Heinrich Rickert

野﨑, 敏郎

40pp.9 - 23 , 2016-03-20 , 佛教大学社会学研究会
ISSN:03859592
NII書誌ID(NCID):AN00219617
内容記述
ヴェーバーの『理解社会学論』を『経済と社会』旧稿のためのカテゴリー論として位置づけるのが適切であるか否かにかんしては論争がある。折原浩は,この両者の整合性を論証したが,『理解社会学論』の執筆事情については見過ごされていることがある。それは,この論文が,社会政策学会への「意見書」の補完物として急拵えで作成されたという事情である。そこで本稿では,「意見書」と『理解社会学論』とが密接に関係づけられていることを,リッケルト宛書簡に依拠して証明する。また,後者を執筆したことと社会政策学会討論会とをきっかけとして,『経済と社会』の構想とその刊行の段取りとに変更が生じ,ヴェーバーが,『世界経済の宗教倫理』を先に執筆する必要を感じたため,1914年から1919年まで,長期にわたって『経済と社会』の執筆に空白が生じたことを指摘する。
マックス・ヴェーバー
『経済と社会』
理解社会学
社会政策学会
価値判断論争
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http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BS/0040/BS00400L009.pdf

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