紀要論文 軍用地料の「分収金制度」(8) : 市町村行政の末端機関と「自治会・部落会」
A research on the rent of the US military bases in Okinawa prefecture

瀧本, 佳史  ,  青木, 康容

62pp.103 - 122 , 2016-03-01 , 佛教大学社会学部
ISSN:09189424
NII書誌ID(NCID):AN10404127
内容記述
町内会や部落会のような地域において任意に形成される団体に関する諸文献を紐解きその歴史を顧みる時,かつての機関委任事務に見られるように日本の地方行政がいかにそうした地域の住民組織に依存せざるを得ないほどに絡まり,国と地方の行政がいかに密接であるかということを知ることが出来る。地域の自発的な住民組織は,もともとは地域における宗教行事,生産労働,相互扶助など生活の共同性から発し,いかなる社会や文化においてもしばしば見られるものである。一般に近代国家の形成において,中央政府は地方制度を整備すると共に地域の住民組織の区域を活用し,これを単位として国家行政を国民の間に浸透させてきたのではないかと思われる。国は地方に叢生するこうした伝統的かつ自治的な集団を媒介せずには近代化を達成し得ないのかあるいはそれが近道なのか,これは既になされた多くの経験的な研究に依らねばならないだろうが,少なくとも日本近代化にとって必須であったよう見受けられる。本稿は前号に引き続き日本近代化に果たした市町村行政の末端機関としての町内会・部落会の再論である。日本における「町内会・部落会」(ここでは町会,区会などこの種の自治組織一般を示す用語として用いる。)は今日においてさえ行政の末端機関化であるとしばしば批判されるが,この旧来の伝統的な地域組織がどういう意味で行政機関として含有されることとなったのか,これをその歴史的背景から説明してみる。以下の行論は高木鉦作『町内会廃止と「新生活共同体の結成」』(2005,東京大学出版会)に基づいた論者の観点からの記述であるが,この労作は,この種の先駆的資料である『戦後自治史』(自治大学校編,1961)と共に日本における地域自治組織研究者の必読文献であろう。明治期当初7万余りもあった町村数を近代日本最初の地方制度である市制町村制(1889年)制定までに1万5千あまりに統合整理した。終戦直後においてさえ1万を超える市町村数を見たが,これを国は戦後10年ほどの間に合併を通じて3,900ほどに縮小させ,さらに今日では1,700余にまでに及んでいる。市町村数のこうした急激な減少は町内会・部落会に対する国の依存程度の低下であると共に,市町村行政の手法そのものの高度化を示すものであろう。そうした中で,戦後の各市町村はそれぞれのアイデンティティ確認もあるのであろうか,たくさんの市史,町史,村史を刊行してきた。その一覧を資料として掲載したい。
町内会・部落会
行政区
地域自治
市町村行政
市町村史
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http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/SO/0062/SO00620L103.pdf

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