紀要論文 幕末における相模大山御師の選択と古川将作との交流
Sagami-Oyama-Oshi’s Choice and S. Furukawa in the Last Stage of the Edo Period

飯田, 隆夫

44pp.35 - 52 , 2016-03-01 , 佛教大学大学院
ISSN:18833985
NII書誌ID(NCID):AA12387923
内容記述
論考の目的本稿は、相模国の山岳寺院大山寺の支配にあった御師が、神仏分離直前、国学平田家および神祇伯白川家の関東執役古川将作とどのような関係をもち、行動を選択していたのかを安政六(一八六九)年から慶應三(一八六七)年を対象に考察することをねらいとする。研究の方法分析ツールとして、白川家「門人帳」・平田家「門人帳」と大山寺宮大工、大山寺、平田家等に残された日記類を使用する。分析の結果相模国大山寺は幕府の庇護を受け、文化・文政期、大山信仰は最盛期を迎えた。その信仰を牽引した大山御師は大山寺の強い支配下にあったが、幕末期これら御師の中に不満が蓄積され、慶応三年にはその力関係を逆転させた。本論は、以下のキーワードをもとにその検証を試みるものである。
白川家教線拡大
復古派国学の波及
白川家・平田家重複入門
相模大山の安政大火
御師の身分的転換
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http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0044/DB00440R035.pdf

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