学位論文 微生物運動超分子マシナリーの作動機構の解明

木下, 佳昭

2017-07-05
内容記述
自然界には多種多様な動きが存在する。我々ヒトを含めた真核生物における筋収縮、染色体分配やバクテリアの運動などである。これらの動きは、化学エネルギーを力学的な仕事に変換するナノサイズの”分子機械”により達成される。分子機械による運動を大別するならば、3種類にわけられるだろう。1つは、真核生物の細胞骨格であるアクチンや微小管上をミオシン、キネシン、ダイニンといった分子モーターが直線的に進む運動である。これらの運動は、アデノシン3リン酸 (ATP)の加水分解により生ずる自由エネルギーを利用している。2つ目は、F1-ATPaseといったATPの加水分解のエネルギーを利用して回転運動を示す回転モーターである。この回転モーターは、生体内では膜内在性のFo部分とコンプレックスを形成している。Fo部分においてイオン勾配のエネルギーを利用した回転により”ADPとPiからATPを合成する酵素”としての役割を担っており、様々な生き物で保存されている。3つ目は、遊泳運動を示す多くのバクテリアが有するべん毛モーターである。べん毛は、“細胞内に存在するモーター”と“細胞外に突出したフィラメント”の2つから構成される。特にモーター部分は30個以上のタンパク質の集合体であり、まるで人間が作り出したような精巧な機械として注目されている。この機械は、プロトンやナトリウムなどのイオン勾配を利用しながら回転運動を示す。F1-ATPaseと同じ回転モーターであるがエネルギー源が異なる。これら分子機械の作動機構は、構造・遺伝子操作・機能解析といった多角的なアプローチによりこの20年の間に飛躍的に理解がなされた。中でも、1分子計測技術を代表とする光学顕微鏡観察は、分子レベルでの振る舞いを捉えるうえで重要な役割を担った。例えば、蛍光色素を介したイメージンング手法が挙げられる。1984年に大沢グループの柳田等は蛍光色素ローダミンでアクチンフィラメントを標識することで、アクチン単体によるダイナミクスの蛍光観察に成功した。この技術は後のin vitro motility assayにつながっている。野地・安田等により報告されたF1-ATPaseの回転もこの技術が基本となっており、現在に至るまで世界をリードし続けている。また、光学顕微鏡の空間分解能は光の回折限界から200 nmとされている。しかし、蛍光色素が発する蛍光を点像分布関数で近似することで、サブナノメートル精度で輝点の中心位置を決定することができる。加えて、量子ドットといった半導体素子を用いることで、負荷のない条件下でミリ秒単位の動きを捉えることも可能である。1分子計測技術は、分子モーターが示すナノメートル、ミリ秒単位の細かく速い動きを捉えることが可能である。本研究では1分子計測技術で発達してきた蛍光イメージングの手法を駆使することで、上述の3つの運動とは全く異なる動きの解明を行った。本論文は”1章 ~ 3章の3つの研究成果”, まとめ, 参考文献, 研究業績, 謝辞, Appendixより構成されている。以下に研究成果の概要を記す。1章では、Mycoplasma mobileというバクテリアが示す滑走運動のステップ状変位について述べる。Mycoplasma mobileは、2-4.5 μm/secという滑走運動の中でも最速の運動性を示すバクテリアの1つである。このバクテリアは、滑走運動に必要な3つのタンパク質複合体から構成される運動装置複合体を有する。この装置は1細胞あたり約400ユニット存在しており、ATP加水分解のエネルギーを利用して駆動している。これまでの研究から運動に必要な役者は出そろってきたが、いかにそれらの役者が機能しているかという作動機構は不明であった。本研究では菌体をCy3で蛍光染色することで、2ミリ秒の時間分解能の下サブナノメートルの動きの追跡が可能となった。加えて、2つの工夫を行った。(1) 滑走装置の結合因子であるシアル酸という糖たんぱく質を溶液中に添加した。 (2) 菌体を界面活性剤処理して細胞膜を透過性にした。 これらの工夫により、滑走に寄与するあしを減らした上でATP濃度依存的に滑走運動をコントロールすることができた。この実験系を用いて運動を観察した結果、70 ナノメートルのステップ状変位を検出した。ステップ運動の停止時間はATP濃度に依存しており、ATPとカップルした動きであることも明らかにした。2章では、Mycoplasma mobileの回転運動について述べる。1章との違いは、滑走運動ではなく回転運動を取り扱っている点である。この回転運動は、高い濃度の界面活性剤で菌体を処理することで検出することができた。この回転運動はATP濃度に依存しており、ミカエリスメンテン近似の結果からVmax=2.2 Hz, Km= 31 μMと見積もられた。回転運動の作動機構を解明するために、変異株やシアリルラクトースを用いた実験を行った。その結果、回転運動は滑走装置の直線的な動きによることが示唆された。高時間分解能の観察も行ったところ、34度という周期性のあるステップ状回転を検出した。本章では、ステップ解析により得られたキネティクスやエネルギー効率などを議論したい。3章では、Halobacterium salinarumの運動について述べる。この菌体は、高度好塩菌というアーキアの一種である。Halobacterium salinarumは極に長さ5ミクロンの繊維を6本程度持っており、このフィラメントを回転させることで水中を3 μm/secの速さで遊泳する。この繊維はアーキアべん毛と呼ばれている。本章では大きく分けて2つの実験を行った。1つはビオチン・アビジン系の新しい蛍光ラベルの方法で構築することで、べん毛を可視化した状態で遊泳運動の観察を行った。また、全反射顕微鏡とCross-kymographyという新規の解析方法を組み合わせることで、右巻きらせんのべん毛が約23 Hzで回転するということを明らかにした。2つめは、テザードセル法と呼ばれるべん毛をガラスに結合することで、菌体本体の回転を観察した。観察に中央遮光暗視野法を用いることで、1秒間に2000枚の高速度撮影を可能とした。この方法で菌体を観察したところ、36と60度の周期性のあるステップ状回転を観察した。このステップ運動の大きさは、アーキアべん毛モーターのATPaseの周期構造と一致している。すなわち、アーキアの回転運動はATP反応を伴うATPase部位で起こっていることが示唆される。まとめでは本研究で得られた結果の羅列並びに今後の課題・展望について述べたい。Appendixでは解析の詳細に並びに本研究に関わるコントロール実験の結果を簡単に述べている。
理学
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