学位論文 王朝物語文学の研究 : 女房の機能から

千野, 裕子

2016-06-09
内容記述
本論文は、三章十節の構成で、女房たちの機能を中心に『うつほ物語』『源氏物語』『狭衣物語』の三作品について論じたものである。第一章では、『うつほ物語』における、女房をはじめとした脇役の機能について論じた。『うつほ物語』のあて宮求婚譚においては、固有名を持つ女房はあて宮づきの者しか登場せず、あて宮と求婚者たちの媒介に終始した。しかし、後半部に入ると兵衛の君・孫王の君といったあて宮側近女房たちは大きな役割を果たすようになる。それが、かつて彼女たちが仲介した人物である実忠・仲忠の物語後半部におけるあり方と連動しているためであることを指摘した。また、立坊争いの物語では、女房や男性の乳母子といった脇役たちに詳細な設定が付され、それらに応じて情報の媒介者をしての役割を果たすようになっている。しかし、そうした複雑な情報網を、主要人物たちは使いこなすことができない。立坊争いの物語は、脇役たちの情報網が「使えない」ことによってネガティブに支えられているのだ。脇役の機能に注目することによって、『うつほ物語』の方法とその進展を明らかにすることができた。第二章では、『源氏物語』宇治十帖を女房の固有名に着目して論じた。宇治十帖に登場する「中将」(浮舟の母君)・「侍従」「右近」(浮舟づき女房)、「弁」(薫に出生の秘密を語る老女房)がそれぞれ負う名は、正篇において一定の造形がなされているものであった。「中将」は正篇において、貴公子のお手つきとなる女房の名であった。そして彼女らの「その後」であるかのように、浮舟の母君は八の宮のお手つきだったという過去を持って登場する。しかし、浮舟の母君は、結局「過去」の遺物たる浮舟を捨て、「現在」である常陸介北の方の役割を全うする。それは宇治十帖が自らの過去である正篇を捨てた瞬間であると位置づけられる。「侍従」「右近」も、若く思慮が浅い「侍従」と、堅実な「右近」という正篇からの造形を継承して登場する。さらに「侍従」「右近」はともに側近女房の名であった。彼女たちが浮舟物語を大きく展開させることになるが、しかし、最後に「侍従」は実は側近でなかったことが明かされる。「侍従」も「右近」も、いかにも正篇の「侍従」「右近」らしく登場してきたが、実は身分も立場も大きく違っていた。その落差でもって、浮舟物語が正篇といかに異質なものであるかが示されているといえる。また、「弁」は秘密にかかわりながらも加担しきれない女房であり、柏木の乳母子である弁(弁の尼)も同様であった。「弁」は「柏木の乳母子」という「過去」にとらわれたまま、弁にとって柏木と等しい存在である薫の恋を何度でも叶えようとする。しかし、「弁」は最後まで秘密に加担しきれず、物語の「過去」をも克服できないのであった。彼女ら「中将」「侍従」「右近」「弁」の機能により宇治十帖と正篇との距離や落差が顕在化することを明らかにした。なお、弁の尼に源典侍の後身としての役割があることも指摘した。第三章では、『狭衣物語』を情報網の機能や『源氏物語』引用といった視点から論じた。『狭衣物語』では、登場人物同士が近くにいるにもかかわらず、情報が交換されないことによって物語が展開する。飛鳥井女君物語の場合、狭衣は飛鳥井女君に対して素性を隠してはいたが、狭衣が飛鳥井女君のもとに通っているということは、脇役同士のつながりから明るみになる可能性がいくらでもあった。しかし、狭衣の乳母子の道成・道季兄弟をはじめ人物同士は情報交換をしない。こうしたことから、飛鳥井女君物語の悲劇は、情報網があるにもかかわらず機能しないことによって作られていたということを明らかにした。また、『狭衣物語』では男女の関係が成立するとき、そこに手引きの女房が登場しないことが徹底されている。女二宮物語の場合もそうであった。しかし、物語は女房たちに「昔物語」という幻想を与え、「手引きがいるはず」「手引きをしたと疑われる」といった思い込みで展開させていく。そして、飛鳥井女君物語同様に、情報が交換されないことで悲劇が作られる。そこには女官を兼ねる女房と乳母との職分上の違いも介在することも指摘した。一品宮物語は、『源氏物語』夕霧巻の方法をふまえているということも指摘した。部分的な人物の設定・心中思惟はもとより、物語の方法・構造そのものに夕霧巻の積極的な引用があり、その力学が、狭衣と一品宮の結婚を作りあげている。一方で、『狭衣物語』は「噂」と「書かれたもの」との機能を切り離し、使い分けることによって、その独自性も見せていることが明らかである。そうした一品宮物語であるが、女二宮物語と背中合わせとも言うべき形で展開するものでもあった。それは女官を兼ねる女房と乳母との職域上の違いといった問題ともかかわるものである。さらに、女二宮物語は『源氏物語』花宴巻をふまえて始まるが、一品宮物語はその場面を想起させつつ夕霧巻をふまえて展開する。そこから、狭衣の非光源氏性/夕霧性という対『源氏物語』意識を見出した。『うつほ物語』『源氏物語』『狭衣物語』はそれぞれの物語で女房はじめとする脇役たちを機能させ、物語を展開させている。物語の方法は、女房の機能を起点にとらえることが可能なのである。なお、補遺として三篇の論考を組み込んだ。これらは前三章と直接かかわりのない既発表論文である。『うつほ物語』や『狭衣物語』を対象に、いずれも他作品や歴史的事象とのかかわりを論じたものだ。第一節では『うつほ物語』の俊蔭漂流譚が王朝物語史の中で変奏を重ねながら息づいていることを通史的に論じた。第二節では、『狭衣物語』の飛鳥井女君物語における陸奥の合戦を思わせる表現に注目し、『狭衣物語』が陸奥の合戦の世界を存在させながら、その物語空間の内部ではなく外部にはりつかせていることで、世界の外縁を定めていることを明らかにした。第三節では、『狭衣物語』で先行物語の名が具体的に挙がるとき、それらが「物語」として扱われていないことを指摘し、『狭衣物語』が自らを唯一の書かれたテクストであると装っていることを見出した。多くの現存物語は互いにかかわりなく作られたものではなく、また我々も他作品の存在を脳裏におかずに読むことはできない。補遺に収めた三篇は、本論とは関係ないようではあるが、一方で考え続けるべき問題を扱ったものである。
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