Thesis or Dissertation 日本におけるフィルムアーカイブ活動の歴史に関する研究

石原, 香絵

2016-05-09
Description
本論は、映画の草創期から現代までを対象に、国際機関の動向を意識しながらも日本国内の事象に焦点を定め、映画フィルムの収集・保存に関する官民の取り組みを史的に考察するものである。その目的は、映画フィルムの収集・保存およびアクセス提供のあらゆる側面、つまりフィルムアーカイブ活動(Film Archiving)の歴史を通覧することによって、この領域の現状を問い直し、かつ新たな展望を拓くことにある。序章では、まず視聴覚アーカイブ活動の理論の体系化の流れを略述し、本論で使用する専門用語や基本的な概念を整理した上で、主に欧米を中心に探求されてきた動的映像アーカイブやフィルムアーカイブの「歴史」にまつわる先行研究を提示する。次に、日本における国立唯一の映画フィルムの収集・保存機関である東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)が明確な設置根拠を持たないまま美術館の一部門に留まっていること、そして1910年から2011年までに製作された日本劇映画のNFCにおける所蔵数の比率(残存率)が16%に満たないほど低いことを述べる。さらに、昨今ではこの領域もデジタル化への対応を迫られている。そのような現状の中でフィルムアーカイブ活動の発展を確実なものにするため、初期段階にある日本のフィルムアーカイブ研究においては、過去に遡って問題点の要因を探ることが求められる。第1章「映画フィルムの完成と初期フィルムアーカイブの形成」では、米国コダックが1889年に開発したロール式ナイトレートフィルムによって映画誕生が可能になった経緯や、フィルムアーカイブの創設を初めて提案したボレスワフ・マトゥシェフスキの文書「歴史の新しい情報源:歴史的な映画のための保管場所の創設」(1898)、そして1913年設立の最古のフィルムアーカイブ「デンマーク国立映画と声のアーカイブ」を紹介し、広く普及した動的映像用の記録メディアの中で最も長い歴史を持つ映画フィルムおよびフィルムアーカイブの起源を確認する。また、国境を越えたフィルムアーカイブのネットワーク構築に関して、国連の下部組織として1928年から1937年まで設置されていた国際教育映画協会(IECI)、そして1938年の結成以来現在に至るまでこの領域の最高権威であり続ける国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)の胎動期に触れる。日本は新渡戸稲造を理事としてIECIに加盟し、1939年の第2回FIAF会議にもアジアから初となる参加者を送り込んでいた。以上のことを通してフィルムアーカイブ活動の原点を見据え、日本におけるその歴史を訪ねる準備を整える。第2章「戦前から戦中にかけての日本における映画フィルムをめぐる状況」では、内務省による映画統制と文部省による映画振興を両輪として軍国主義的な「映画国策」が進められた戦前・戦中の状況を概観する。1927年に日本のフィルムアーカイブの原形ともいえる大阪毎日新聞社の「大毎フィルム・ライブラリー」がIECIを介して海外に紹介され、同時に海外のフィルムアーカイブ事情が日本にも伝わるようになった。欧米各国の「映画国策」を参考に内務省・文部省・厚生省が制定した「映画法」(1939)において映画の保存を扱った第11条は、田坂具隆監督『土と兵隊』(日活多摩川 1939)を初の保存映画に指定した。文部省は「映画法」の先に国立フィルムアーカイブの設立も構想したが、実現しないまま敗戦を迎え、映画の地位向上を目指したその施策は実質的に映画を守り残すことには結びつかなかった。しかし1934年に映画フィルムの国産化を達成して大日本セルロイドから独立した富士写真フイルム等、後の映画復元を支える映画フィルムの製造業や現像業の技術基盤はこの時期に築かれていた。第3章「映画フィルムの網羅的収集の不成立とその影響」では敗戦直後に視点を移し、日本においてなぜ映画フィルムの法定納入が実現しなかったのかを考察する。「映画法」から解き放たれた日本映画は、引き続き連合国最高司令官総司令部(GHQ)による厳しい検閲を受け、占領期には没収された映画フィルムの焼却処分も行われた。「国立国会図書館法」(1948)は文化保存の目的から法定納入を定め、映画フィルムも一旦はその対象となったが、当時使用されていた燃えやすく自然発火や爆発の可能性もある危険物としてのナイトレートフィルム収集への危惧や、納入に際して小売価格の半額程度を国立国会図書館が負担する「代賞金」が高額になること等を理由に、1949年の同法改正時、附則によりその義務が免除された。このことから、映画フィルムの収集・保存先は1952年に開館した国立近代美術館(後の東京国立近代美術館)に併設されていたフィルム・ライブラリーへと移っていった。第4章「川喜多かしこによる戦後日本の〈映画保存運動〉」では、戦前から洋画配給会社の副社長として活躍していた川喜多かしこが主導した〈映画保存運動〉を取り上げる。川喜多は戦後ロンドン駐在時に国立フィルムアーカイブの果たす役割を知り、非営利の〈映画保存運動〉に開眼した。そして1956年に個人の立場でFIAF会議に参加し、後には同副会長に選出された。帰国後は国立近代美術館の小規模なフィルム・ライブラリーを欧米の国立フィルムアーカイブの水準に引き上げるべく、1960年に民間団体「フィルム・ライブラリー助成協議会」を創設した。この協議会は、国内映画会社と交渉してフィルム・ライブラリーの所蔵本数を増やし、国外のフィルムアーカイブに残存する日本映画の返還を促した。その成果はフィルムアーキビストの育成にまでは及ばなかったが、1970年に美術館本館からフィルム・ライブラリーの建物を分離させてNFCとし、1986年には映画フィルム専用収蔵庫の建設請願運動を実らせた。〈映画保存運動〉の思想を受け継ぎ、国内の地方自治体として初の公共フィルムアーカイブとなった1982年開館の広島市映像文化ライブラリー、京都府立フィルム・ライブラリーのコレクションを引き継いだ京都府京都文化博物館、川崎市市民ミュージアム、そして福岡市総合図書館と、2015年現在、国内計4機関に地域の公共フィルムアーカイブが設置されている。しかしながら、NFCを含む何れのフィルムアーカイブも恒常的な人員不足に悩まされている。第5章「失われた日本映画の発見、復元、上映」では、1950年代にわずか100本程度の映画フィルムしか持たなかった国立近代美術館フィルム・ライブラリーがNFCへの改組改名を経て、コレクションを構築していった過程を考察する。敗戦時に接収された映画フィルムを含む日本映画が1967年以降に米国議会図書館から約1,400本、そして1995年以降にロシアの国立フィルムアーカイブ(ゴスフィルモフォンド)から約350作品返還されたことは、戦時下の日本映画の空白を埋める重要な事業だった。加えて収集家からの寄贈や国内外における幻の日本映画の発見が大きな話題となり、さらにそれらがオリジナルの形態にできる限り近づけて復元され、映画祭等の場で上映されることによって、フィルムアーカイブや現像所の知識や技術が次第に磨かれ、地道なフィルムアーカイブ活動の成果が一般の人々に知られることとなった。これらの活動を通してNFCコレクションは2015年現在7万本を超え、日本の公共フィルムアーカイブの収蔵施設、コレクション規模、そして復元技術に限っては欧米の水準にまで成長した。第6章「文化遺産としての映画とデジタル時代の〈映画保存運動〉」では、デジタル技術がフィルムアーカイブ活動に及ぼした影響について論じる。ユネスコの採択した「動的映像の保護及び保存に関する勧告」(1980)は、映画フィルムを含む動的映像が文化遺産であること、そしてそれらを原形のまま守り残していく必要があることを社会に明示した。ユネスコ「世界記憶遺産」には2015年現在16件の映画フィルムが登録され、米国議会図書館はナショナル・フィルム・レジストリー制度によって、既に600本以上が文化的、歴史的、芸術的に重要な映画として登録されている。残存する最古の日本映画『紅葉狩』他2本が重要文化財に指定されている日本でも、やはり映画のオリジナルの形態が尊重されてきた。しかし2012年3月で製作・上映用の映画フィルムの生産を停止した富士フイルムの判断に象徴されるように、急激なデジタル化によって映画フィルムの復元に欠かせない現像技術や従来の上映環境は存続の危機に直面することとなった。デジタル時代に映画フィルムの重要性とその公共的価値を訴えるには、映画フィルムの原形を尊重する方針を堅持しつつ、旧作へのアクセスを改善し、デジタル技術によって生み出されている新作映画の収集・保存・利用提供にも着手すべきだろう。終章では本論を総括するとともに結論を述べる。日本におけるフィルムアーカイブ活動を現代までの歴史の連続性の中で把握することによって、戦前の「映画国策」による映画の地位向上に向けた施策は敗戦により途絶え、戦後は法定納入制度から映画フィルムが除外されたが、それでも川喜多かしこの〈映画保存運動〉に代表される民間の力が国の映画政策を徐々に動かし、フィルムアーカイブ活動が段階的に発展してきたことがわかった。以上の検討からこの分野に残された課題として、映画の法定納入の開始、ナイトレートフィルムの収蔵環境の改善、人材育成等が挙げられる。こうした課題を克服するために国の映画政策を動かす力は、我々自身による新たな〈映画保存運動〉によってもたらされるのではないだろうか。フィルムアーカイブが社会に欠かせない文化遺産のリポジトリの一つとして広く認められるには、例えば、デジタル化によるコレクションの一層の利活用を推進することが必要である。そのとき映画フィルムは本領を発揮し、様々な研究領域に貢献するかけがえのないアーカイブズとして活用されるに違いない。
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