学位論文 海水・地下流体におけるヨウ素の化学形態及び同位体比に関する地球化学的研究

岡部, 宣章

2015-06-10
内容記述
ヨウ素を含むハロゲン元素は、水に溶解しやすいため地球表層では水圏を中心に広く分布している。水圏を構成する水は、特異な性質を持つことから、地球表層の環境を研究する上で非常に重要である。水の特異性の一つとして、液体の中で最大の高い誘電率を持つことが挙げられる。この水の高誘電率によって、水圏はハロゲン元素をはじめとして多くの電解質成分を水―岩石反応等によって周辺環境から溶出させている。溶出した成分は、水圏を中心に地球表層で循環する。環境中での挙動や循環はその成分や元素の化学的性質に依存するため、同族元素や希土類元素同士は類似した挙動を取ることが知られている。しかし、ハロゲン元素は水圏中で陰イオンとして安定に存在するといった点は共通するものの、生物への親和性や鉱物化のしやすさといった点では挙動が異なる。特に、ヨウ素はハロゲン元素の中でも生物親和性が高く、またその他のハロゲン元素が水圏中で1価の陰イオンとして存在するのに対して海洋中で5価のヨウ素酸イオンとして存在するなど挙動が異なっている。また、ヨウ素には長半減期核種である129Iが存在しており、温泉水や海底堆積物間隙水などといった地下流体における地質年代の推定や地球表層でのトレーサーとして利用する研究がなされている。これらのことから、ヨウ素は地球化学的な研究を行う上で非常に有用な指標として用いることができる。そこで、ヨウ素に着目して地球表層の水圏に関する研究を行った。対象とした水圏は、地球表層の水圏の9割以上を占める「海洋」と特異な性質を持つことが多い「地下流体(温泉水)」である。地下流体の研究地下流体の研究では、北海道に産する温泉に着目した。北海道は、自噴・揚水問わず温泉が多く存在している地域である。近年では、掘削技術の向上からかつては温泉の産出が困難であると考えられていた地域においても温泉の開発が行われている。そのため、現在では北海道のほぼ全域で地下流体の試料採取が可能である。また、北海道では過去の研究から高濃度の塩分を含む温泉の存在が確認されていたものの、その成因については不明な点も多く存在していた。そこで、温泉水に含まれるハロゲン元素と129I/127I比を測定することで温泉水の起源やその成因についての考察を行った。 ハロゲン元素の分析の結果、塩素濃度が0.3から963mMであり、臭素濃度は6から2500μM、ヨウ素濃度は0.02から650μMと濃度が広範囲であった。また、その値からハロゲン元素間の濃度比を算出した。過去の研究ではハロゲン元素間の濃度比から流体の起源を推定しており、本研究でも同様の方法で流体の起源を推定した。その結果、本研究で測定した試料の多くが海底堆積物間隙水及びそれと海水が混合した値と一致した。そのことから、本研究で測定した試料はその多くが海底堆積物や海水から何らかの影響を受けていることが推測された。129I/127I比の測定では値が0.05~0.38×10-12程度であった。日本において過去の研究で測定された温泉水を中心とする地下流体では129I/127I比はその多くが0.2×10-12程度の値であった。そのため、0.05~0.1×10-12程度という129I/127I比は非常に低く、その起源が古いものである可能性が示唆される。また、129I/127I比の低い試料(<0.1×10-12)の採取地点が北海道において東経141°から142°の同一直線上に位置することが確認された。この0.05~0.1×10-12の129I/127I比から年代を推定すると、その起源が約7500万年前から6000万年前になることが推定された。この年代において北海道は、現在の北海道東部と北海道西部の間にイザナギ‐クラプレートが存在していたと考えられている。現在、このイザナギ‐クラプレートはユーラシアプレートに完全に沈み込んでおり、その際のプレートテクトニクスによって現在の北海道の地形が形成されたと考えられている。このプレートの衝突時にヨウ素を豊富に保持している海底堆積物が付加体などとして地殻に取り込まれ、それらが温泉水の成分に影響を与えている可能性が示唆された。129I/127I比の低い試料の採取地が北海道において同一直線上に分布することもこの考察を補強するデータの一つである。海洋の研究地球表層における水圏の90%以上が海洋である。そのため、ヨウ素にとっても海洋は重要なリザーバーであり、多くの研究がなされている。ヨウ素は環境中でIO3-、I-、有機ヨウ素の形態で主に存在しており、海洋はこれらが共存した状態である。現在の海洋は、酸化的な環境であるため、ヨウ素は主にIO3-の化学形態で存在していることが知られていが、有光層と呼ばれる海洋表層ではIO3-の減少とI-の増加が確認されている。しかし、熱力学的にはこの変化は矛盾していることから微生物の影響が推測されており、過去の研究ではこのヨウ素の還元反応への硝酸還元菌の活性の関与が報告されている。これは、IO3-がNO3-と化学形態が似ていることから硝酸還元菌がNO3-をNO2-に還元する際にIO3-もI-まで還元していると考えられるためである。しかし、ヨウ素に特異的に反応する微生物の存在や硝酸還元活性を失活させた微生物でもIO3-の還元が報告されているなど、不明な点も多い。そのため、海洋におけるヨウ素の化学形態変化について詳細に研究を行った。本研究では、海洋中でのヨウ素の化学形態変化を再現し、それを観察することでヨウ素の還元反応が起きるメカニズムについて考察を行った。実験方法は、実際に天然で採取した海水を滅菌したバイアル瓶に密封することで培養し、HPLC-ICP-MSで化学形態別分析を行った。 まず、未濾過海水を窓辺の太陽光が入射する条件(明所条件)とロッカー内のほぼ遮光した条件(暗所条件)とでヨウ素の化学形態変化の比較を行った。その結果、暗所条件ではあまり大きな変化は見られなかったが、明所条件ではIO3-の減少とI-の増加が確認された。これは、実際の海洋の有光層におけるヨウ素の還元反応と同様の変化が起きていると考えられる。しかし、この実験ではヨウ素の還元に関する要因については明らかにならなかった。そこで、さらに条件を詳細に区分し実験を行った。 次に、培養における条件を均一にするために培養をインキュベータ内に光源を設置し実験を行った。光源は植物育成用LEDを使用した。また、実験にはお台場及び沼津で採取された2種類の海水を使用した。培養時の海水の条件は、①0.2μmフィルターで濾過した濾過海水、②オートクレーブで滅菌したオートクレーブ海水、③抗生物質を添加してバクテリアの活性を抑えた抗生物質添加海水、④光合成阻害剤を添加して藻類の活性を抑制した光合成阻害剤添加海水、⑤処理を行わない未濾過海水の5つで実験を行った。これらの試料をインキュベータ内で培養し、ヨウ素の化学形態変化について観察をした。その結果、未濾過海水と抗生物質添加海水においてIO3-の大幅な減少が確認された。このことからIO3-の減少は藻類によって起きていると考えられる。一方でI-の増加は確認できなかった。このことから、IO3-からI-へ直接還元されているのではなく、IO3-の減少とI-の増加は別の反応過程であることが推測された。ここで、I-が増加しない理由を考察する。この傾向はお台場及び沼津それぞれで採取された海水で同様であったことから海水の性質が原因ではないといえる。また、培養温度を上昇させてもI-は増加しなかったことから温度による影響も考えにくい。そこでI-が増加しない原因に関して光源に着目した。インキュベータに設置した植物育成用LEDは単一の波長を放出するのに対して、太陽光には複数の波長の光が存在している。それゆえ、LEDの波長以外の光が何らかの影響を与えている可能性があるため、太陽光での培養とLEDでの培養を比較した。その結果、濾過海水では太陽光・LEDともに大きな変化は確認できなかったが、未濾過海水では太陽光・LEDともにIO3-の減少が確認された。一方でI-の増加が確認されたのは、未濾過海水を太陽光で培養した条件のみであった。このことから、I-の増加には太陽光の波長が必要であるということが示唆された。 その他にもI-の増加を促進する因子があるのではないかと考え、太陽光の下でLEDでの条件と同様の①~⑤の海水を培養した。その結果、未濾過海水と抗生物質添加海水ではIO3-の大幅な減少が確認された。これは、LEDでの培養結果と同様の傾向である。一方でI-の増加傾向は未濾過海水でのみ確認された。未濾過海水と抗生物質添加海水とでの差はバクテリアの活性の有無であるため、バクテリアがI-の増加に関与していることが推測される。 以上のことを統括すると、海洋表層の有光層でのヨウ素の還元反応は、IO3-からI-への直接的な還元ではなく、中間体を経た藻類によるIO3-の減少反応とバクテリアによるI-の増加反応の二段階反応である可能性が示唆された。統括 温泉水及び海水での研究の結果、ヨウ素が地下流体の起源や年代の推定、水圏中の微生物の活性調査等において非常に有用な指標となることがわかった。このことから、ヨウ素の研究は地球表層の水圏の環境や挙動を知る上で非常に重要であるといえる。
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