学位論文 王朝物語における女君たちの研究 : 『夜の寝覚』を中心に

伊勢, 光

2015-06-10
内容記述
本論文は、王朝期(平安・鎌倉時代)に書かれた物語における人物たち、特に女君たちについて考察したものである。物語とは何かと考えた時に、ひとつ答えとして思いつくのが「人間の心身両面の動きを描くもの」ということがある。人物なくして物語はない。そして、魅力的な人物がいるかどうか、またその人物がどんな興味深い思索をし、またどんな読者の胸打つ行動を起こすかで、物語の質は大きく変わってくるだろう。当然、それら人物たちは表現のなかで生み出されてきた紙の上の存在にすぎないが、そうした紙の上の存在が「まこと」の存在として読者の胸を踊らせ、読者の人生に影響を及ぼすような時、彼ら登場人物たちは単なる表現を超えて血肉の通った人間として読者にイメージされているはずである。物語の読者にとって、人物は時に単なる文字表現ではない。そのような考えに基づいて人物論的な視点から立論していくわけだが、本論文では特に女性(女君)を中心に扱った。こと平安時代の物語は多く女性によって作られ、また女性によって読まれてきた歴史がある。平仮名で書かれた読み物であり、政治的(公的)な要素はほとんど表面化されることのない「物語」は、そのジャンルの特性からして多く私的なことについて取り扱っているとも言える(「仮名/真名」=「私的/公的」=「女性/男性」)。とするならば「女性」というもの、あるいは「女君」というモチーフに対して、王朝物語の意識はまさに当事者意識を持って研ぎ澄まされていると見るべきだろう。ことに「女君」に当事者意識を持って書かれていると思われる物語が『夜の寝覚』であり、本論文ではこの作品を中心に据えて論じた。既に大槻福子らによって指摘されていることではあるが、『夜の寝覚』は『源氏物語』などの前・中期物語と、『とりかへばや物語(今とりかへばや)』、『松浦宮物語』などの後期物語とをつなぐ架け橋としての要素を持っている。そのような物語史のある種の変遷も、本論では人物論的なアプローチから改めて明確に見出そうと試みた。以下、本論文の叙述の順に従って概要を述べる。まず、第1章では『夜の寝覚』以前の物語の女君について論じた。『源氏物語』以前に書かれた長編物語『うつほ物語』における俊蔭の女、そしてあて宮。彼女たちは物語において非常に意義深い役割を背負っている。あて宮は求婚されることを通して、俊蔭の女は朱雀帝の「私の后」となることを通して、物語に大きな意味を持ってくる。彼女たちの人生が、物語全体の根幹ともつながってくる。第1節ではあて宮を中心に取り上げたが、彼女に求婚する中で、藤原仲忠は物語の「主人公」としていっそう光り輝いていくことになるし、逆に源涼、あるいは源正頼はその俗物性を暴かれることになる。一人の「女君」の問題が物語全体に影響していくという構造、さらに男たちが彼女たちを利用しようとしながら、完全に手の内に収めきれない図式について明らかにした。さらに第1章では第3節で『源氏物語』の二人の尚侍(朧月夜、玉鬘)、また第4節では『落窪物語』あこきなどの女君たちについて論究した。彼女たちもまたその人生が、物語の根幹と関わる人物である。特に本論文では『夜の寝覚』との関係から、帝と関わる女君であるという観点(第3節)、またヒロインの分身(第4節)という観点からそれぞれの女君たちについて考察した。続く第2章では『夜の寝覚』の女君について考察した。まず、第5節で『夜の寝覚』と『源氏物語』「宇治十帖」との関連を「中の君」という呼称から見出して考察を加えた。そうすることで『夜の寝覚』が『源氏物語』を踏まえながらも『源氏物語』が書き得なかったもの(「母」として生きる女の生)を焦点化して描いていることが明らかになった。第6節では、今までほとんど研究の俎上にあげられることのなかった女君、対の君について詳しく考察した。彼女は側近の女房であるが、継母的な要素もあり、かつ語り手的でもあり、様々な側面を持っている。その彼女の動きを注視した。彼女が自分の思う理想的な物語を語るべく奮闘し、『夜の寝覚』における「もう一つの世界」を現出させていることを論じた。その姿から対の君を「もう一人の主人公」と言いうること、そして『夜の寝覚』が「中の君中心の世界」と「対の君中心の世界」との拮抗の中で紡ぎだされている物語だということを指摘した。さらに第7節では、新しい「継子物語」としての『夜の寝覚』を論じた。従来の「継子譚」的な枠組みを使いながら、より現実主義的に「女」の問題を扱おうとする『夜の寝覚』のシビアな有り様が、これまでの物語にはない新しさをもたらしている。継母が継子を追い詰めるという従来の「継子譚」的な構図を『夜の寝覚』の中に読み解くとともに、「継子物語」として『夜の寝覚』が一貫して「継母」「継子(継娘)」の問題を考え続けていたということを、散逸部分の内容も見据えながら述べた。次に第3章では、『夜の寝覚』以後の物語における女君ということで、『とりかへばや物語(今とりかへばや)』『狭衣物語』『松浦宮物語』の女君たちについて検討した。これまでも『とりかへばや物語』を「女の物語」として位置づける研究はあったが、第8節では特に四の君に着目し、『とりかへばや物語』の「女の物語」的要素を支えている人物として彼女を読み解いた。第9節、第10節では男性の心理、言動を中心に物語が展開する「男の物語」として『狭衣物語』『松浦宮物語』を取り上げ、そのヒロインとしての女君たちを考察した。見えてきたのは『狭衣物語』の宰相妹君が『うつほ物語』のあて宮、あるいは『源氏物語』の紫の上といった人物たちをイメージさせるものがありながら、それが結局は狭衣の手によって源氏の宮の形代へと据え直されていることであり、また『松浦宮物語』の華陽公主が『夜の寝覚』の中の君、さらに『源氏物語』の紫の上といった「女の身」の苦悩を背負った人物たちと似通う造型がなされているにもかかわらず、その「女の身」の苦悩は焦点化されず、むしろ「男の格好よさ」を描くほうに物語は注力していることであった。つまり、「男の物語」において、ヒロインは先行する女君の影を負っていれば負っているほど、そのイメージは男たちにいいように使われていくのであった(ただ、同じ「男の物語」でも「男の苦悩」を描こうとした『狭衣物語』と、「男の願望」を描いている『松浦宮物語』の違いは明らかである)。最後に第4章では、前章後半部からの流れを引き継いで「女君」とかかわる「男」たちと題して、「男」について考察をくわえた。第11節では光源氏が玉鬘との恋の中で意図的に多角関係を作り上げ、若者たちの欲望を模倣して高ぶっていく様相を、第12節では受領たちが貴顕との交流の中で女性を利用し、上昇していこうとする様相をそれぞれ論じた。一方の第13節では、『浜松中納言物語』の主人公、浜松中納言の恋の有り様を論じた。「実らない関係」にこだわり続ける彼と、その「実らない関係」という、ある種の「空想」を支えるヒロインたちが、この物語の核となっている。第14節における『石清水物語』の主人公たちの考察と合わせて、女君と男君の多種多様な関係について、主に「男」たちの側から論じたわけである。以上の4章構成によって物語の人物たち、特に「女君」たちについて、個別の物語の内容はもちろん、物語同士の関連性・影響関係なども常に念頭に置き、研究を進めた。
2015-03-07
甲第252号
博士
日本語日本文学
学習院大学大学院
397
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