Thesis or Dissertation ドイツ語を母語とする幼児の心態詞獲得・習得に関する研究 : Rigolコーパスに基づく心態詞dochとjaの分析

牛山, さおり

2015-06-10
Description
本研究におけるテーマは、ドイツ語を母語とする幼児がどのように心態詞dochとjaの使い方を身につけていくかを解明するため、幼児の発話コーパスを用いて分析し、考察することにあった。従来、心態詞の獲得及び習得に関する研究は、ドイツ語を母語としない移民の子供たちを対象に1980年代から行われてきたが(Kutsch 1985, Ramge 1987, Cheon-Kostrzewa/Kostrzewa 1997, Rost-Roth 1999)、Ramge(1987)を除く研究は小学生以上、ないしは成人した移民をターゲットとしたものであり、そもそもドイツ語を母語とする幼児が、どのように心態詞を身につけていくのかという根本的な疑問は明らかにされていなかった。そこで本研究は、仮説から一歩進むことのなかった幼児の心態詞獲得・習得という問題を、幼児言語コーパス分析という観点で検討することを目的として行なわれた。1章では本研究の目的と意義、研究方法などを述べた。2章では、ドイツ語の心態詞に関するWeydt(1969)以降の先行研究の流れをまとめた。その後、Diewald(2009)における心態詞の定義を検討し、「他の品詞に属する同音語が存在する」「中域に置かれる」「話し手の心的態度と関係がある」「特定の文タイプに現れる」「作用域をもつ」を心態詞の必要条件とした。心態詞の中核的定義を限定した後、心態詞と見なす語を特定し、17語を心態詞と見なした。その後、本研究で扱うdoch とjaの同音語と心態詞に関していくつもの研究で引用されているHelbig (1988)の定義をもとに、それぞれの心態詞が果たす機能と意味について述べた。3章では心態詞の獲得・習得に関する先行研究を概観した。まず発達心理学において定義されている発達の段階について、本研究で対象とする幼児期までの特徴を述べたあと、次に第二言語習得研究におけるドイツ語の心態詞習得と、自閉症児の発話における心態詞についてまとめた。移民を対象とした心態詞習得に関する先行研究からは、1) 幼児の会話にも比較的早い段階から心態詞が出現する、2) トルコ語・イタリア語を母語とする小学生には、dochとjaの用法に限りがあったが、それよりも多くの用法を、ドイツ語を母語とする小学生は既に獲得・習得していることが明らかになった。言語障害研究においては、自閉症児(9歳・男児)の発話を観察した結果、心態詞はかなり時間が経ってから発話に出現していることが推察された。4章ではドイツ語を母語とする幼児がどのように統語構造を獲得していくのかを分類し、考察した。CosimaとPaulineの平均発話長を産出し、Clahsen(1982, 1988)で提示されている発達段階を検討したのち、Tracy(22008)の基準に沿って、Cosima及びPaulineの統語構造を、1) マイルストーンI (1語文が出現する)、2) マイルストーンII (動詞不定形が後置される) 3) マイルストーンIII (動詞定形第2位が可能になる)、4) マイルストーンIV (副文で動詞定形後置が可能になる)、の4段階に分けた。5章では、まず、2.2で定義した17の心態詞が、1歳9ヶ月から5歳5ヶ月までの発話コーパスに確認されるのかを調べた。同音語と心態詞の出現時期を調べた結果、同音語と心態詞の両方が確認されたのは17語中4語(denn, doch, ja, mal)に留まり、その他は1) 同音語としてのみ出現が確認された語(aber, auch, eben, eigentlich,einfach, nur, schon, ruhig, vielleicht, wohl)、2) 同音語は確認されず、心態詞のみ出現が確認された語blos, denn, halt )、3) 同音語・心態詞ともに確認されなかった語(etwa)の3タイプに分類された。dochは返答詞としてCosimaで1歳9ヶ月、Paulineが1歳10ヶ月に初めて出現していた。初出時には先行発話を肯定しながら反駁できているのか不明瞭である例も見られたが、3歳11ヶ月まで、Cosima、Pauline共に発話内容・発話状況に相応しい使用が70%以上見られたことから、幼児は間違いを繰り返しながらも、返答詞dochの機能である「肯定をしながら反駁する」機能を獲得した。Cosimaでは返答詞が出現して8ヶ月後の2歳6ヶ月から、Paulineでは5ヶ月を経た2歳2ヶ月から、心態詞のdochが出現していた。この時期は、4.2で確認したマイルストーンIIIと合致した。ただし、心態詞のdochの出現数を見ると、Cosimaでは3歳0ヶ月以降、Paulineでは2歳6ヶ月以降に出現数が増加している。Cosimaの3歳0ヶ月、Paulineの2歳6ヶ月は、マイルストーンIIIの開始から6ヶ月後にあたる。よって、CosimaとPaulineは、動詞定形第2位を理解し、中域に心態詞dochを使うようになり、マイルストーンIIIの後半になって、平叙文に現れる心態詞のdochが本格的に使われるようになることが判明した。発話におけるdochの意味を月齢に沿って分析したところ、「想起」と「反駁」に区別できる発話と、「想起」と「反駁」どちらの解釈も可能である発話が見られた。このことは心態詞の出現を「文タイプ」で分類することは可能でも、それぞれの発話におけるdochの意味解釈は、先行する発話や文脈の状況に依存するところが大きく、発話内容や発話状況に応じて、意味が「想起」に近い、あるいは「反駁」に近い、というように揺れるのではないかという見解につながった。そして、dochが発話の文脈に沿って正しく使われているのか、事実誤用、誤用なのかを分析した。その結果、返答詞のdoch及び心態詞のdoch両方に見られたものは、幼児の思い込みに起因する事実誤認の例だった。これは、幼児の発話特有の傾向であると思われる。命令文における心態詞のdochはCosimaでは2歳9ヶ月から出現したが、Paulineの命令文には3歳0ヶ月に、単独のdochではなく、doch malが現れた。上記に挙げた以外の文タイプ(補足疑問文、感嘆文、願望文)にdochは確認されなかったことから、これら別の文タイプにおける用法は、もっと月齢が上がって習得されることが予測される。jaの場合には、Cosimaでは返答詞のjaが1歳9ヶ月から出現し、返答詞の初出から10ヶ月を経て、心態詞のjaが2歳8か月から平叙文で用いられていた。Paulineでは返答詞jaが1歳9ヶ月に出現してから、5ヶ月後に心態詞のjaが2歳2ヶ月に見られた。出現時期は、マイルストーンIIIとも合致しており、dochと共通する点であった。平叙文における心態詞のjaの初出時期はCosimaが2歳8ヶ月、Paulineは2歳2ヶ月であった。ただし、話し手である幼児が意図する内容や状況が、聞き手との間に共有されていたのかという点に注目して分析した結果、Cosimaでは3歳6ヶ月、Paulineでは3歳3ヶ月まで、話し手―聞き手間で知識や情報が共有されていない発話が見受けられた。このことは、幼児の使用する心態詞jaは、初出から1年近く、話し手と聞き手の間で発話内容・状況が共有できている・いない場合の両方で使われていたことを意味し、徐々に聞き手との共有知識・状況のもとで心態詞のjaが使われていくことを示唆している。なお、付加疑問を表すjaは3例、さらに驚きを表す感嘆文における心態詞jaは、Cosimaの5歳3ヶ月に1例あった。感嘆文における心態詞jaも、Cosimaの発話に1例のみ出現していた。6章では、心態詞の獲得と関連づける形で、幼児の認知発達を推定するために内的状態語の中から、思考・知識に関する語彙がどのように発話に出現しているのかを分析した。その結果、2人に共通して "weisst du(?)"が頻出していたことが挙げられる。ただし、この表現はあくまでも挿入句的に使われ、幼児がwissenの意味を把握した上で使用しているわけではないと考えられる。さらにこの表現を除き、wissen, kennen, denken, glaubenがどのようにいつから使われていたのかを調べた。その結果、wissenやkennenといった動詞の意味を幼児が理解する前の段階で、幼児は心態詞doch及びjaが《相手の考えを想起させる》、あるいは《話し手―聞き手間で共有する知識などを確認する役割を担っている》ことを理解している、と推定できることを示した。Cosimaの場合には3歳6ヶ月から4歳0ヶ月にかけて、聞き手や第三者の知識について言及する、あるいは聞き手の知識と自分の知識を比較するといった発話が確認されはじめ、"weisst du(?)" や"ich glaub"など、いわゆる挿入句と考えられる表現の使用が減少したことにより、wissenやkennenの意味を理解しはじめたのがこの時期であったとも考えられる。思考や知識に関する動詞の意味を理解したことで、自分の知識だけのみならず、聞き手や第三者の知識・思考を推し量って言及したり、話し手と聞き手間に共通する知識を想起したりするようになり、さらにこれらの動詞と心態詞doch及びjaが共起するという段階に至ったと考えられる。本研究では、母語話者の直感に頼りがちであった心態詞研究において、自然な環境で録音された音声を基にした発話コーパスを分析し、さらに幼児の発達という観点を加え、月齢に応じて変化する心態詞の意味や機能について調査した。実際の発話データに即した分析を行ない、従来「単文」で扱われがちであった心態詞を、発話状況・発話内容、[話し手・聞き手] 間の、共有知識などといった複合的な要因を考慮出来た点に、意義があると言える。
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