Thesis or Dissertation Rudyard Kipling and His Children's Literature

藤松, 玲子

2015-03-18
Description
イギリス初のノーベル文学賞作家ラドヤード・キプリング(Rudyard Kipling)の著作には児童文学がある。例えば短編集The Jungle Booksは英国を代表する児童文学のひとつである。この作品は大人の文学としての価値も広く認められキプリング研究の主要な対象となっている。しかしキプリングの他の児童文学作品が研究対象となることはあまり多くない。これは子どもを洗脳してイギリス植民地政策の正当性を信じ込ませる作品とする見方が根強いことと関係がある。そこでこの論文では、彼の児童文学作品を時系列にとりあげて精査し、そこに見出される彼の姿勢を通して作家としてのキプリングの本質を考察するものである。一般に児童文学とは「子どもが主人公である作品」ならびに「子どものために書かれた作品」とされる。キプリングの児童文学は、まず自身の幼少体験を反映させた「子どもが主人公の作品」にはじまり、その後わが子の誕生とともに「子どものための作品」となる。初期の彼の児童文学は概して次の二つの特徴にわけることができる。ひとつは辛い幼少体験を描く作品、もうひとつは理想の幼少期を描く作品である。この二つの特徴は、のちにキプリングの二面性とか二つの声と呼ばれる要素とも関わりをもつ。キプリングはインドに生まれ、両親とインド人召使たちに囲まれて穏やかな幼少期を送る。しかし5歳の時、突然両親から離されてイギリスの学校へ送られ、あずけられた家庭でひどい苛めを受ける。のちの自伝Something of Myselfには、当時の虐待をふりかえって「あの6年間を返してくれるなら、残りの人生すべてと引き換えてもいい」と書いている。この救いのない孤独な戦いは、‘Baa, Baa, Black Sheep’ (1888)などの作品に描かれる。一方、彼の理想の幼少時代とは、異なる価値観の融合の象徴として逞しく幸せに生きる子どもの姿である。この英雄的な子どもを描いた作品としては、‘Tods’ Amendment’ (1887)などがある。自伝によれば、辛い地獄の6年間にキプリングが見つけたひとつの救いは、本を読むことであった。さらにこの時期の彼に大きな影響を与えたのは、英国に住む叔母から物語を読み聞かせてもらったことである。彼はこのひとときを「パラダイスのような幸せな時間」と呼び、やがて大人になると自分の子どもや周りの人たちに作品を読み聞かせるようになる。読み聞かせは作家キプリングにとって重要な意味を持つ。なぜなら、文字を読みあげて音にし、それをくりかえし、舌が滑らかに動き心地よい音が得られて初めて、彼の文章は完成するからである。音を常に意識する点が彼の作品の特徴である。初期の作品は作者自身のカタルシスが主な動機だが、その後は自分の子どもの存在が動機の大きな部分を占めるようになる。本論第一章では、第一子の誕生とThe Jungle Books(1894-5)の誕生が同時期であることに着目し、動物社会に迎えられた人間の子モーグリの姿に、大人社会に迎えられる作者自身の子どもの姿がかさねられることを指摘する。またモーグリがジャングルから人間界への順応を強いられる際「ジャングルの知恵」の尊さが強調される。子どもは保護者に見守られて成長し、保護者は子どもを育てることで成長するという作者の思いが作品全体に表れている。続いて執筆されたCaptains Courageous(1897) も子どもの成長過程を描いた作品である。第二章では、漁業船を舞台としたCaptains Courageousに続き、インド植民地が舞台のKim (1901)をとりある。アングロインディアンの孤児キムには、作者の幼少期のインドへの望郷と理想が込められている。詳細なインド社会描写には、イギリス植民地政策に対する鋭い洞察と、キム少年のアイデンティティの問題が含まれる。またインドの多言語が登場する点に注目し、インド生まれで幼少期は現地の言語が英語に優先していた作者が、インドの真の姿を英語で表現しようと挑む点を指摘する。Kimの翌年には、作者が自分の子どもに語り聞かせたオリジナルのベッドタイムストーリー集が出版される。第三章ではこのJust So Stories for Little Children(1902)をとりあげ、声に出して読むことの意味を考察する。収録話は、まず文字が読めない小さな子にむけた音が中心のお話から始まり、次に文字を習い始めた子ども向けのもの、最後は自分で文字が読めるようになった子どもに向けたもので構成され、一連の流れの中に、音から文字へと表現手段を学んでいく子どもの成長過程が伺える。作者が何よりも大切にしているのは就寝前の子どもに「楽しみ、くつろぎ、安堵感」を与えることである。各話には、作者と子どもの間の暗号が含まれ、出版後もキプリング家のプライベートな作品としている点を指摘する。子どものさらなる成長にあわせて歴史や古典を楽しく学ぼうと、作者は自分の子どもを主人公にし、妖精パックの案内で歴史の世界へ誘うPuck of Pook’s Hill (1906)とRewards and Fairies(1910)を出版する。第四章では作品の妖精観に着目する。彼の妖精は、華奢で小さい妖精でなく、太古の昔から人々の生活に根付く、丘の上の人々と呼ばれる妖精の系譜にある。神々の末裔である彼らはcraftsmanship(技術)をもち、妖精が忌み嫌うとされる鉄も、優れた技術の象徴として描かれる。作者は妖精の逃亡という伝統的モチーフを取り入れ、妖精の不在は人間の価値観が変化した結果にすぎないことを指摘する。そして産業革命後の社会でも妖精と人間は共存できることを示唆する。キプリングが妖精物語と初めて出会ったのは、辛い幼少期に読んだ一冊の本、イギリス初のファンタジー物語にさかのぼる。そこで言及される韻文はのちに本作品の妖精観の礎となる。さらに第五章では歴史観に着目する。ノルマン人征服やローマ人イギリス支配が舞台の話では「イギリス人とはイギリスにおいてイギリス人になろうとする者すべてである」とするが、これはイギリスのインド植民地支配やボーア戦争には征服ではなく融合が必要であったとする作者の考えを暗示する。全寮制男子校へ進学した作者はその様子をStalky & Co.(1899)に描いたが、そこでの行動規範cleaver and cunningは戦いには必要でも殺し合いを回避する手段とはならなかった。そこで人命を奪うことなく敵味方がうまくやるcraft and cunning(技巧と狡猾さを良い意味で利用して争いを避ける手段)を本作品で提案する。真の歴史とは、歴史書でなく伝承のうちに存在する。なぜなら文字の記録は権力者に都合よく書きかえられるが、人から人へ声で語り継がれる歴史に偽りは少ない。しかし声はその場で消え記録に残らない。作者が伝えようとするのは、書物に記録される歴史でなく、語り継がれる歴史である。この歴史観は妖精と類似する。真実の歴史も妖精も、常に存在しているが目には見えず、人々の生活に深く関わるが証拠は残らない。本作品は文字の記録ではあるが、音を大切にしながら真の歴史の伝承をめざしている。キプリングの児童文学は現実社会の実態を伝えながらも、見守ってくれる大人が必ずいる安堵感を子どもに与える。それは幼少期の恐怖や猜疑心による心の傷は一生消えるものでないことを、キプリング自身が知っているからである。教訓や躾を目的とし子どもの恐怖心を煽ることもある当時の児童文学において、子どもをひとりの人間として大切に扱うキプリングの作品は児童文学の先駆的存在とも言える。A History of England(1911)以降、作者は児童文学を実質上断筆する。大人向けの作品は続くが、植民地時代を生き生きと描いた作品は、時代の変化とともに帝国主義の旗振りとして批判の対象となる。しかし「自らの子ども時代」と「生まれてきた子どもたち」に対して虚心坦懐に向き合うことで生まれた彼の児童文学には苦悩と喜びが率直に表れ、そこに作家としての基本姿勢を見出すことが可能であり、キプリングを客観的に評価する過程で重要な役割を担うものである。
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