学位論文 遺伝毒物学手法による発がん化学物質の検出法の開発

高沢, 浩則

pp.1 - 46 , 2015-03-25
内容記述
毎年、多数の新しい化学物質が産業に応用されているが、それらの毒性解析は、事実上、正確になされていない。現在、化審法や米国の基準では、エームステストと呼ばれる試験法によって遺伝毒性物質(発がん物質)の検査を行っているが、このテストでは大腸菌やサルモネラ菌などの、動植物とはシステムの異なる原核生物を使っているため、偽陽性や偽陰性が大量発生することが問題となっている[1]。そこで本研究では、よりヒトに近い高等真核生物細胞であるニワトリBリンパ球細胞DT40の野生型細胞とDNA修復経路の欠損細胞を用いて、毒物試験に遺伝学を融合させた「遺伝毒物学」手法による新規の遺伝毒性物質の評価方法を樹立した。本試験法では、野生型細胞を陰性対照におき、細胞死をエンドポイントとして様々な変異体を解析する。例えば、化学物質の中に、(ⅰ)DNAを損傷させてがんを誘発するもの、(ⅱ)小胞体(タンパク質品質管理の場所)を損傷させるもの、(ⅲ)ミトコンドリア(エネルギーを産生する場所)を損傷させるもの、があるとする。これまでの方法では、どの化合物でも細胞が死ぬという結果になり、原因を探ることが事実上不可能であり、発がん物質を特定することは困難であった。しかしこの方法では、仮にDNA修復に欠損のある細胞だけが野生型細胞よりも顕著に細胞死が誘導されるとしたら、その原因はDNAが損傷されたことであると結論づけられる。そしてこの方法では、野生型細胞を陰性対照に置くことで偽陽性を防ぎ、毒性に対して高感受性である欠損細胞を使用することで偽陰性を防いでいる。また、DNA修復経路の変異体以外の様々な代謝経路(小胞体ストレス経路、ミトコンドリアストレス経路、タンパク質合成経路等)の変異体を作製すれば、生物内で様々な悪影響を及ぼす化学物質の検出に用いることが可能である。まず、この方法で化合物を試験した場合の偽陰性と偽陽性の発生について解析するため、既知の遺伝毒性物質と非遺伝毒性物質[2]について解析を行い、偽陰性と偽陽性を測定した。ニワトリBリンパ球細胞DT40の野生型細胞と、各種のDNA修復経路(相同組換え修復・ファンコニ経路・損傷乗越え等)の代謝経路の欠損細胞を、アッセイの開始に先立って2日以上培養した。次に各細胞の細胞濃度を測定し、細胞濃度が1×10⁴cell/mlになるように適宜培地で希釈、そして解析したい化学物質を様々な濃度で曝露し、5%CO2の存在下、39.5℃で48時間培養した。その後、生細胞由来のATP量をルシフェラーゼ発光により計測し、各細胞の%生存率を調べた。本試験法では、わずか2日間の検定期間で、簡便に化学物質の遺伝毒性を試験することが出来る。解析の結果、偽陽性は0%、偽陰性は6.2%であることが分かった。従来の評価方法であるエームステストでは偽陽性26.1%、偽陰性41.2%であるので、従来のものと比べて優れていることが確認された。本試験で唯一偽陰性を示したのは、ベンゾピレンという化学物質であった。ベンゾピレンは、体内で代謝されると発がん物質になる代謝毒性物質である。肝臓にある酸化酵素とエポキシド加水酵素の働きにより、ベンゾピレンはC9とC10がオキサシクロプロパンになった化合物へと変化する。そしてDNA中の塩基の一つであるグアニンのアミン窒素が、求核剤としてそのオキサシクロプロパン環を攻撃し、共有結合を形成する[3]。この変化したグアニンがDNAの複製過程においてエラーを引き起こし、がんの原因となる。本試験ではこのような代謝毒性物質が検出できないという問題が明るみになった。そこで、この問題を解決するために、ラットの肝臓抽出液(S9-mix)を用いた新しい手法を考案した。この方法では、化学物質を肝臓抽出液と混合してから細胞に曝露するという操作を付け加えた。これにより、低濃度のベンゾピレンの遺伝毒性の検出に成功し、偽陽性・偽陰性共に0%という信頼のおける評価方法が確立された。以上の結果から、この細胞死をエンドポイントとした遺伝毒性物質の評価方法は、誰でも短期間で簡便に実施可能であり、従来の方法よりも正確な手法であることが結論づけられた。今後、本手法を新しい毒物評価法として取り入れる・スクリーニングに使用するといったことが期待される。
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