Departmental Bulletin Paper モンポウ/ブランカフォルト往復書簡(1924年8月~1925年3月)解題と翻訳
Correspondence between Frederic Mompou and Manuel Blancafort (1924 – 1925) : Translation and commentary.
椎名, 亮輔
SHIINA, Ryosuke

Description
 現代カタルーニャを代表する作曲家、フラダリック・モンポウ(1893~1987)とマヌエル・ブランカフォルト(1897~1987)の青年時代の往復書簡を紹介する。1918 年から1921 年6 月までの分は『同志社女子大学総合文化研究所紀要』第32 巻(2015 年)に、また1921 年7 月から1924 年7 月までの分は『同志社女子大学学術研究年報』第66 巻(2015 年)に掲載されている。 1924 年から1925 年にかけて、モンポウは31 歳から32 歳、ブランカフォルトは4歳年下だから27 歳から28 歳である。すでにモンポウの作品は、1921 年にパリで演奏され評価されていたが、ブランカフォルトは生まれ故郷のバルセロナ北郊の温泉地ラ・ガリーガで、父から任されているロール・ピアノ工場を切り盛りして行かなければならず、自由にバルセロナに「下りて」行くこともかなわないのだった。 モンポウは前年から続いている、パリ在住のスペイン人既婚夫人マリアとの恋愛関係に悩んでいる。しかしまた、留守がちなマリアの夫の不動産業の手伝いをしたり、子どもたちの面倒を見たり、それなりに家庭的な幸福を味わってもいる。またこのころに、バルセロナの友人、アウゼビ・カルニセロEusebi Carnicero と一緒にフランスのアイスクリームをバルセロナで売るという事業を思い付いて、実行に移そうとする。 一方、ブランカフォルトは、彼の名を国際的に広めた〈軽業師のポルカPolka de l’equilibrista〉を含む曲集《遊園地El parc d’atraccions》を作曲している。ブランカフォルト財団ほかの年譜では、この曲集は、1924 年にリカルド・ビニェスRicardo Viñes(カタルーニャ語ではRicard Viñes)によってパリで初演された、とされる(http : //www.manuelblancafort.org/esp/biografia/ など)が、ブランカフォルトの1924 年11 月13 日の書簡54 によれば、この時点で彼はまだこの曲集を書き上げていない。2007 年にバルセロナでビニェスについての大規模な展覧会が催されたが、そのときのカタログの年譜の部分を見てみると、ブランカフォルトのこの作品(同時にモンポウの《魅惑Charmes》も)がビニェスの手によってパリで初演されたのは、1926 年となっている(Ricard Viñes : El pianista de les avantguardes, Fundació Caixa Catalunya,Barcelona, 2007, p.243.)。そして、ビニェスによる録音は、1929 年11 月4 日パリのコロンビア社のスタジオで行われている(同時に、曲集第1 曲の〈騎馬パレードのオルガンL’orgue dels cavallets〉も録音されている)(Mildred Clary, Ricardo Viñes : Un pèlerin de l’Absolu, Actes Sud, Arles, 2011, p.294.)。
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