Departmental Bulletin Paper Die Geschichte der japanischen Sprachenpolitik : Auseinandersetzung mit dem Kulturkreis der chinesischen Zeichen in der Frühzeit Japans

SATO, Kazuhiro

37 ( 2 )  , pp.97 - 112 , 2016-03-16 , 龍谷大学龍谷紀要編集会
ISSN:02890917
NCID:AN00338616
Description
日本の言語政策史を日本と国際交流の観点から考察すると、古代日本から中世日本(第一期)、大航海時代から徳川幕府の鎖国期と幕末(第二期)、明治維新から第二次世界大戦の終結(第三期)、戦後から現在(第四期)の、大きく四つの時期に分類できよう。各時期は、日本が世界との新たな形での交流を行った時期と重なる。第一期は中国大陸・朝鮮半島を中心とする東アジア文化圏、第二期は世界史上にあらわれる大航海時代の西欧諸国、第三期は帝国主義時代の欧米列強、第四期は戦後の国際化からグローバリゼーション(国際化)の時代における世界各国との交流である。本論ではまず第一期の古代から中世にいたる日本の中央政府が行った言語政策および僧などに代表される当時の知識階級と外国語の問題を、漢字文化圏との交流に注目して考察した。古代の日本人はいかにして外国語を習得したのであろうか。外国語である中国語が「漢文」として習得される一方、「漢文訓読」という日本独自の形で受容されていく。その背景には古代日本と東アジア諸国との交流において、奈良朝・平安朝の時代を反映した対外思想が浮き彫りとなる。また、中央官僚養成を目的として設置された日本で初めての官立学校である大学寮における語学教育、東アジア諸国との交流において遣唐使・渤海使に携わった通辞の役割を通してみると当時の対外的言語状況・言語政策が明らかになる。
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