Article 17世紀の唐人墓-考古学的研究の現状と課題-

田中, 裕介

(47)  , pp.19 - 54 , 2017-03 , 別府大学史学研究会
ISSN:03868923
Description
 平安時代に九州の博多に唐人街が形成されて以来、中国人海商が列島に居住した歴史は長く、彼らが日本に伝えた石造物として「宋風獅子」や「薩摩塔」などが知られている。彼ら唐人は博多に居住地を持ち、現在の聖福寺の位置に墓地をつくったと伝えられているが、どのような埋葬施設や構造物を持った墓なのかわかってはいない註1。実際に中国様式の墓地の実在が知られるようになるのは、鎖国政策が行われた17世紀の江戸時代になってからである註2。そこで本稿は17世紀の唐人墓の実態を九州を中心に報告し、それにかかわる諸問題について検討するものである。 ここで中国様式の墓と呼ぶ遺構は必ずしも渡来した中国人の墓と同一ではない。研究の対象としている墓とは日本に伝えられた中国様式の墓地とくにその構造物を含む地上施設と、それにともなう中国的な埋葬様式の地下施設のことである。碑文上から中国人の墓であることが明確でも、墓碑の形態や埋葬様式が日本的な場合には、この範囲に含めない。以下中国様式墓というときは、中国起源の形式を有する墓を意味し、「唐人墓」というときは、形式は中国式であろうと日本式であろうと中国人の埋葬された墓の意味でもちいる。
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