紀要論文 ラカンと禅仏教(2)言語活動の根源相
Lacan and Zen Buddhism ( 2 ) : The primordial phase of language

西村, 則昭  ,  Nishimura, Noriaki

15pp.11 - 24 , 2017-03-31 , 仁愛大学
ISSN:21853355
NII書誌ID(NCID):AA12479646
内容記述
前論文(西村,2015)では,絶対無を,通常の言語活動の主体としての自己の立場から,言語活動を否定するはたらきとして捉えたが,本稿では,絶対無としての自己の立場から,言語活動の根源相を考えた.絶対無の動性は,それ自体に即して捉えられるならば,絶対の静からの性しょうき起 と,絶対の静への還かんめつ滅の一瞬の交替である.その一瞬一瞬によって,自己と世界は更新され保持されている.そのような自己と世界こそが,ラカンのいう現実界に他ならない.言語活動は,根源的に捉えられるならば,性しょうき起に相応し,現実界から言葉で以って何かを切り取る(限定する,分節する)ことから起こる.しかし通常主体は,その切り取った瞬間,脚下の現実界と乖離し,言葉をシニフィアンにして,それが喚起するシニフィエ(意味=イメージ)に執着し,それを実体化してしまう.中唐期の馬ば祖その禅は,そのような通常の主体の有り方の奥に,言語活動の根源相を見通し,その主体こそが,「仏」と同一視されうる「心」であると説くものであったと考えられた.
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http://crf.flib.u-fukui.ac.jp/dspace/bitstream/10461/28485/1/%e4%bb%81%e6%84%9b%e5%a4%a7%e5%ad%a6%e7%a0%94%e7%a9%b6%e7%b4%80%e8%a6%81%ef%bc%88%e4%ba%ba%e9%96%93%e5%ad%a6%e9%83%a8%e7%af%87%ef%bc%89%e7%ac%ac15%e5%8f%b7-P11-24.pdf

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