学位論文 漆工芸における職人の特徴認識と材料特性に関する研究

遠藤, 淳司

2015-09-24
内容記述
漆工芸の作品・製品は修理・修復を繰り返すことで、長い年月の使用が可能である。修理・修復の際、職人は作品・製品の状態、技法、材料を判断する必要がある。これには“見立て”と呼ばれる観察技能による“見極め”が必要となってくる。しかしながら、非熟練者にとって見立て技能を直接学ぶ機会は少なく、またどのような修練を積めばよいのかも判然としない。そこで本論文では、見立ての際、熟練者がどのように作品・製品の特徴や情報を認識しているかを明らかにすること、また、熟練者の特徴認識に影響を与えている材料特性について明らかにすることを目的とした。 本論文は、第1章の緒論から第7章の結論までの7章構成である。以下に、第2章以降の目的と内容について簡潔に記述する。 第2章では、見立て時の作品・製品の観察動作の違い、および見立て技能の評価方法について検討することを目的に、職人や学生を被験者として見立てを行ない、観察動作の分類やクラスター分析を行なった。その結果、熟練者は作品を細かくあおる動作を中心に見立てを行なっていたことが明らかとなった。変数間クラスター分析では、作品あおりと見立ての発言時間の類似度が高かったことから、見立てでは作品を細かくあおる動作が発言につながることが指摘できた。また被験者間クラスター分析では、熟練者と他の被験者との類似度が明らかとなり、クラスター分析の見立て技能の評価への可能性が示唆された。 第3章では、熟練者が作品・製品をどのように動かし、特徴を認識しているのかを検討することを目的に、異なる粗さの金粉で作製した蒔絵試験片を複数用意し、その見立てを行なう際の試験片の動きについて動作解析を行なった。その結果、熟練者は見立ての際、金粉の粗さに応じて試験片の動かし方を変えている可能性が指摘でき、非熟練者は最適な動かし方がわからず、どの試験片も大きく動かすことで、外観変化を大まかに捉えていたことが推測された。 第4章では、漆工芸の熟練者における見立て時の眼の使い方を明らかにすることを目的に職人らの眼球運動測定を行ない、それとともに、熟練者における見立て時の着眼点を明らかにすることを目的に職人らの発言についてテキストマイニングを実施した。その結果、以下の点について明らかとなった。見立ての所要時間および発言時間と経験年数には強い相関関係は認められなかったが、作品の特徴指摘数と経験年数には強い相関関係が認められた。眼球運動測定では、視点移動速度の最頻値が4~6deg/sec近傍の被験者と10deg/secよりも大きい被験者の存在が認められ、特に視点移動速度の最頻値が4~6deg/sec近傍の被験者は瞳孔径のゆらぎ(標準偏差)と経験年数および蒔絵の特徴指摘数に強い相関関係が認められた。さらに視点移動速度の最頻値が4~6deg/sec近傍の被験者は注視時間が長い傾向にあり、視点往復移動回数と蒔絵の特徴指摘数の間に強い相関関係が認められたことから、熟練者は注視と比較を組み合わせ、特徴認識を行なっていたことが示唆された。テキストマイニングの結果、視点移動速度の最頻値が4~6deg/sec近傍の被験者では、カテゴリ数、共通する語句ともに多かった。つまり、見立てにおける着眼点が多く、かつ着眼点間の関連性を考慮し見立てを行なっていたことが示された。 第5章では、見立てが目視で行なわれることから、目視での特徴認識に影響を与えていると考えられる蒔絵の光学特性について解明することを目的に、蒔絵の表面観察と分光測色計による蒔絵の測色を行なった。その結果、粗い粉や細かい粉は中間的な大きさの粉よりも色がくすみ、粗い粉は最もくすんでいた。蒔絵は赤色がかった黄色をしていることが明らかとなり、粗い粉で最も黄色味が強く、中間的な大きさの粉で最も赤色味が強かった。このような蒔絵の彩度および色相の違いは、金粉の占有率や加工工程の違いにより生じたことが示唆された。 第6章では、熟練者の炭研ぎ完了の見極めに及ぼす材料の状態、および身体の使い方とそれが炭研ぎ作業に及ぼす影響を検討することを目的に、炭研ぎ後の蒔絵の被研ぎ面の物性評価および炭研ぎ作業時の職人の筋電図測定を行なった。その結果、熟練者は非熟練者に比べ、研ぎをしっかり行ない、多くの金粉を蒔絵表面に露出させたことで、明るく黄色味の強い、かつムラの少ない仕上げとしていた。熟練者は1回の炭研ぎ時間および炭の面直し時間が一定であることからリズム感を持って研ぐことができており、また1回の炭の回転数および炭の面直し回数が一定であること、研ぐ箇所を決めていたこと、炭の回転に合わせた力の入れ方をしていたことからムラの少ない、一定の研ぎ下ろしにつながったものと考えられた。熟練者はムラの少ない均一な被研ぎ面により、作業をしながらの金粉露出の見極めを行なうことができ、非熟練者はムラのある被研ぎ面のため、炭の面直し時に時間を掛けて見極めを行なう必要があった。 第7章では、各章で得られた知見をまとめ、今後の展望について述べた。
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