紀要論文 ミュンヘンのオペラ公演とモーツァルト (2) : 《イドメネオ》の成立をめぐって
Mozart and the Performances of Operas at the Court-Theatres of Munich (2) : A Consideration on the Genesis of Idomeneo

松田, 聡

37 ( 3 )  , pp.301 - 315 , 2016-03 , 大分大学教育福祉科学部
ISSN:13450875
NII書誌ID(NCID):AA11327096
内容記述
本稿は, 本誌第36巻第1号掲載の拙稿に引き続き,ミュンヘンのオペラ公演とモーツァルトの創作との関わりを考察した。拙稿では1774年に《偽りの女庭師》の作曲をした背景に焦点を当てたが,本稿では,その3年後にバイエルン選帝侯マクシミーリアン三世ヨーゼフが死去し,カール・テオドールが跡を継いだことによるミュンヘンのオペラ公演の状況の変化と,モーツァルトが1780年に「改革オペラ」的とされる《イドメネオ》の作曲依頼を受けたこととの関係を中心的に論じた。カール・テオドールは前任地であるマンハイムの宮廷劇場でドイツ語オペラ路線を推し進めており,ミュンヘンでもまずはその方向を取ろうしたが反発にあう。そこで,イタリア・オペラに戻り,グルーアに《テレマーコ》を作曲させたが,オペラの様式は選帝侯の趣味を反映させて「改革オペラ」的な要素も多く含むものとなった。《イドメネオ》はこれに次ぐ謝肉祭オペラであり,モーツァルトが選ばれた背景には「マンハイム・パリ旅行」で選帝侯に謁見してオペラ創作の意欲を語ったことなどが考えられるものの,オペラの題材や様式的特徴は,ミュンヘンの宮廷劇場の状況がモーツァルトにいわば偶然にもたらしたものと捉えることができるのである。なお,本稿は,《牧人の王》の成立についての考察も簡単に行い,1773~1780年のモーツァルトのオペラ創作に関する一連の論考を完結させている。
In this paper, I investigated the relationship of Mozart (1756-1791) and the performances of operas at the Court-Theatres of Mannheim and Munich in order to pursue the reason why he was commissioned the composition of Idomeneo in 1780, and why this work was conceived as a so-called "reformative opera".
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http://opac2.lib.oita-u.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TD00507890&elmid=Body&fname=matsuda_37-3.pdf

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