紀要論文 北魏孝文帝代の尚書省と洛陽遷都(5) : 宗室元氏の尚書省官への任官状況に焦点を当てて
The Secratary Department 尚書省 and Transfer of the Capital from Pingcheng 平城 to Luoyang 洛陽 under the Reign of the Emperor Xiaowen 孝文帝 at the Age of Beiwei 北魏

長部, 悦弘  ,  Osabe, Yoshihiro

(33)  , pp.17 - 36 , 2015-09 , 琉球大学法文学部 , Faculty of Law and Letters University of the Ryukyus
ISSN:1343-4896
NII書誌ID(NCID):AA1125102X
内容記述
北魏孝文帝代は、北魏史上国家体制の一大転換点とみなすことができよう。476年に始まる文明太后馮氏の臨朝聴政下では、484年に班禄制を立て、485年に均田法を頒布し、486年に三長制を敷いた。490年の文明太后馮氏の亡き後、孝文帝親政下で491年に第1次、499年に第2次官制改革を各々遂行し、493年には洛陽遷都を敢行し、496年は姓族詳定を推進した。なかでも493年の平城から洛陽への遷都は、北魏史上領域支配体制の中心たる王都を『農業―遊牧境界地帯』から『農業地域』に移した一大事業であったと言える。孝文帝が国家体制の中枢機関の1であった尚書省を最重視して、自身の手により人事を行った。かかる大事業を尚書省を基軸に推進したとみられる。小論では、尚書省に人材を供給する役割を果たしたと想定される母体集団を含む北魏支配者層の、493年から495年にかけて敢行した洛陽徒住の経緯を、孝文帝の平城―洛陽行をも含めて検討した。
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