Departmental Bulletin Paper 【研究ノート】 明治期公立小学校「屋外運動場」の形成過程に関する研究東京都の小学校の事例から
[Research Notes] A Study on the Formation Process of “Outdoor Playground” at the Public Elementary School Meiji Period

清水, 永一

6pp.187 - 201 , 2018-03-24 , 法政大学公共政策研究科
ISSN:21875790
NCID:AA12714757
Description
公立小学校の学校空間は校舎・屋内体育館・プールなどの建築物・構築物とそれ以外の空地で構成されている。この空地は校庭と呼ばれ,あるいは運動場と呼ばれる。本論文は,この空間が創生された経緯と過程を探るものである。この空間でいつごろから,どんな体操・運動が行われてきたのか。明治時代の文部省の小学校の体操という教科に対する考え方を探り,それを実践する現場である屋外運動場という施設がどんな考えで整備されてきたのか。東京府の農村部と近郊の公立小学校の事例を比較して検証する。公立小学校はその学校が存する自治体が創設する。学制により小学校が創設された当初は,どこの自治体でも急増する就学児童を学ばせる教室の確保で手いっぱいであった。今日では当たり前に併設されている運動場も用地がなく,それを整備する予算もなかった。明治政府が学制を制定した当初,文部省内でも教育制度の未整備な時期が続き,資金不足から運動施設補助制度もなく体操教科の選定,授業配分時間数等の内容は変化した。これは新生明治政府の西洋をモデルにした教育制度,教科課目の「日本化」が確定できない模索の過程であった。 これらの制度等がほぼ確定したのは初代文部大臣森有礼が就任する時期である。第一回帝国議会が開催され,大日本帝国憲法が発布された時期に体操が正式科目となり,合わせて運動場施設整備が進むことになった。本論文の時代背景は,江戸時代末の寺子屋から明治新政府による学制に基づく尋常小学校が各自治体に創設された明治初期から帝国議会開催,大日本帝国憲法発布までの時期とする。
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