Technical Report 1930年代上海日本居留民社会的变迁 : 《金风社人名录》的数据库化及其考察

田中, 仁  ,  邹, 灿  ,  前田, 辉人  ,  Tanaka, Hitoshi  ,  Zou, Can  ,  Maeda, Terundo

2015-10pp.1 - 23 , 2015-09-05 , 大阪大学中国文化フォーラム , オオサカ ダイガク チュウゴク ブンカ フォーラム , Osaka University Forum on China
Description
本稿は、金風社編『支那在留邦人人名録(上海之部)』の1936 年版(第28 版)と1939年版(第29 版)のデータベースを用いて、「第2 次上海事変」を契機に平時から戦時へ移行した上海日本人社会がどのように変容していったのかについて、集団と個人という視角から考察する。『金風社人名録』データベースを用いた考察によって得られた知見は、下記のとおりである。(1)36 年版と39 年版で特定できる個人はそれぞれ6849 と12651、集団はそれぞれ1680 と2306 である。(2)10 人以上の成員を有する集団として特定できるのは、36 年版で80、39 年版で169 である。これを経済組織で見ると36 年版62 社・39 年版146 社で、2.35 倍となった。第2 次上海事変を契機とする上海日本人社会の経済活動の活発化によって、産業構成は中支那振興会社企業群を中心に全業種に拡大した。また事変後に誕生した企業は、基本的に新来者により組織された。(3)『金風社人名録』に5 件以上のデータを有する個人は、36 年版104 人、39 年版79 人である。被抽出者の情報を整理すると、39年版におけるスポーツ愛好団体の「消滅」と戦没者顕彰施設(上海神社)の整備という、上海日本人社会の平時から戦時への転換を見てとれる。同時に、①上海日本人社会の意思を集約する場であった居留民会をリードする「紡績派」が経営者層と職員から構成され、かつ後者が多数を占めていたこと、②商工会議所と日本[人]倶楽部が社会の変容にともなう再編を行ったこと、③町内会が中部と北部を中心に拡大したこと、が分かる。
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http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/52435/1/dp2015-10tanaka.pdf

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