紀要論文 植芝合気道思想(1943年以降) : 継承と展開
ウエシバ アイキドウ シソウ(1943ネン イコウ) : ケイショウ ト テンカイ
植芝合気道思想1943年以降 : 継承と展開
Ueshiba's aikido ideology: after 1943 : its inheritance and development

パイエ, 由美子  ,  パイエ, ユミコ  ,  Payet, Yumiko

(14)  , pp.29 - 56 , 2016-03-00 , 同志社大学日本語・日本文化教育センター , Transcription:ドウシシャ ダイガク ニホンゴ ニホン ブンカ キョウイク センター , Alternative:Doshisha University Center for Japanese Language and Culture
ISSN:21868816
NII書誌ID(NCID):AA12331634
内容記述
研究論文(Article)
敗戦後に平和の武道として飛躍的に発展を遂げ、日本を代表する現代武道の一つとなった合気道は、植芝盛平によって創始された武道である。その発展の時期の背景にある合気道思想とはいかなるものであるのか。本稿では1943(昭和18)年の合気神社創建以降の合気道思想について、創建以前の思想と比較しつつ明らかにするものである。敗戦前後の混乱期における合気道の様相についても言及する。身体観・技法観、修行観、そしてその修行を行う際の心法という三つの観点について解明し、出口王仁三郎の思想との関連性と共に合気道思想がどのように展開していったのかを考察した。身体観で新たに展開されたのは①魂と身体との関係性について述べる「魂魄」という言葉であった。②言霊のイキは、世界と、ひいては宇宙と調和する道具として捉えられていた。修行観では、あまり変化はみられず神社建立以前の思想が継承されていると考えられた。心法については、①気に対する捉え方の変化がみられ、気の概念が合気道において重要なファクターとして捉えられていた。この時期に植芝盛平の合気道の気のあり方が確立されたと言える。②呼吸は、その行為そのものが意義付けられて、呼吸によって宇宙の気を吸い込み、宇宙と同化することが説かれ、さらに呼吸の働きにみそぎの役割も付加されていた。これらは出口王仁三郎の思想にはみられなかったものであり、合気神社建立後にもたらされたものであると考えられ、植芝盛平自身の宗教的宇宙観の創造がみられた。
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https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/22914/042000140002.pdf

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