Research Paper 暗黒時代を超えて : 近代のユダヤ人歴史家たちと中世ユダヤ教
アンコク ジダイ オ コエテ : キンダイ ノ ユダヤジン レキシカ タチ ト チュウセイ ユダヤキョウ
Beyond the Dark Ages : modern Jewish historians and medieval Judaism

カヴォン, エリ・イッサー  ,  Kavon, Eli Isser

10pp.59 - 81 , 2015-03-31 , 同志社大学一神教学際研究センター , Transcription:ドウシシャ ダイガク イッシンキョウ ガクサイ ケンキュウ センター , Alternative:Doshisha University Center for Interdisciplinary Study of Monotheistic Religions
ISSN:18801080
NCID:AA12265700
Description
一般論文
Y・H・イェルシャルミ教授の著書Zakhor: Jewish History and Jewish Memory(邦訳:『ユダヤ人の記憶 ユダヤ人の歴史』)が出版されてから30 年以上が経過した。このイェルシャルミの著書は、新しい世代のユダヤ史研究者たちに影響を与えたが、それと同時に、この著書は、伝統に代わるものとしての歴史の役割に関しては悲観的であったし、歴史家の仕事がはたしてユダヤ人の記憶と共鳴するかについても懐疑的であった。本論考において著者は、近代のユダヤ史家のなかで最も偉大な4人、すなわちハインリヒ・グレーツ、シモン・ドゥブノブ、イツハク・フリッツ・ベール、サロー・バロンに論を絞る。第一に、これらのユダヤ史家がそれぞれ、モーゼス・マイモニデスという突出した人物に代表される中世ユダヤ合理主義をどのように分析したのか、第二に、彼らが、ユダヤ神秘主義であるカバラーをどのように評価したのか、以上の二点について考察する。著者の目的は、上述のイェルシャルミ教授の悲観主義に異議を唱えることであり、ユダヤ人の信仰や生活を記述する歴史家のおかげで、伝統、記憶、過去に関する我々の理解がいかに豊かなものになりうるかということを示すことである。著者はもちろん、『ユダヤ人の記憶 ユダヤ人の歴史』は誤りであると主張しているのではない。実際、イェルシャルミによる「歴史」と「記憶」の分析は見事なものといえる。確かに、「歴史」が「記憶」や伝統の代わりになるということは、決してないのかもしれない。しかし、もう少し希望の余地があるのではないか。ユダヤ教やユダヤ人の生活を記述する歴史家には、はたして信仰や未来への希望を教え込むという永続的な力があるのかどうかという点において、イェルシャルミは悲観的になりすぎてはいないだろうか。いつの日か、イェシバーの学校も、建設的で霊感を与える仕方で、歴史家の教室を設けることができるのではないか。このような希望を胸に抱いて、著者はこの論考を書いた。
Full-Text

https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/22629/r001000100005.pdf

Number of accesses :  

Other information