紀要論文 〈詩人〉と〈知性人〉の相克 : 萩原朔太郎「日本への回帰」と保田與重郎の初期批評との思想的交錯をめぐって

井川, 理

14pp.89 - 105 , 2016-03-01 , 東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻 , Graduate School of Arts and Sciences, the University of Tokyo
ISSN:13478931
NII書誌ID(NCID):AA11831019
内容記述
萩原朔太郎「日本への回帰 我が獨り歌へる歌」(1937)は、これまで、思想史研究の領域においては「近代化に対する反動の典型」として位置付けられる一方で、文学研究の領域においては萩原朔太郎の晩年期の思想を考察する上であまり重視されてこなかった。しかしながら、「日本への回帰」は、従来の研究において前提とされてきた「欧化と回帰」という単線的な図式に還元しえない要素を孕み、『氷島』(1934)以降詩を書かなくなった「詩人」の営為を検討する上で重要な指標となるテクストであると思われる。なぜなら、そこには「詩人」が主体となり詩論を展開する部分と、過去から現在への近代日本史を辿り、未来において「日本の世界的新文化を建設」しようとする「知性人」による文明批評的な部分とが混在した複雑な言説構造が看取されるからである。本稿では、これらの「詩人」と「知性人」の在り様を、同時期に萩原朔太郎が「詩人の文学」として共感を寄せた保田與重郎の初期批評を補助線として、それぞれ詳細に検討する。それらの作業を通じて、詩を書かなくなった「詩人」であり、文明批評的な散文を多く執筆した「知性人」でもあった晩年期の「萩原朔太郎」という主体の葛藤を考察したい。
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