Departmental Bulletin Paper Literary Elements in Rāvaṇa’s Grammatical Speech
ラーヴァナの言葉に織り込まれた文学技巧

Kawamura, Yūto

(14)  , pp.91 - 102 , 2017-03-25 , 広島大学比較論理学プロジェクト研究センター
ISSN:1880-6376
NCID:AA12025285
Description
バッティ作Bhaṭṭikāvyaは、詩文論書(kāvyaśāstra)と呼ばれる範疇に属する作品として知られる。同書は、ラーマ物語を美文体で語りつつ、その文法学部門においてパーニニの文法規則を、詩学部門において詩学の諸規定を、それぞれ例証することを企図したものである。Dasgupta and De 1943:184.4–185は同作品の詩的価値を極めて否定的に評するが、川村2017:209–248で示したように、そのような評価は、文法学部門の至る所に仕掛けられた詩的技巧を詳細に検討するとき、不適切であることが判明する。本稿は、kāraka術語規則が例証されるBhK8.70–84に焦点をあて、この点を支持するさらなる証拠を提供しようとするものである。以下に論じる文学技巧は、現代の研究者だけでなく伝統的注釈者たちによっても見落とされているものである。まず、(a) A1.4.38: krudhadruhor upas□ṣṭayoḥ karmaと(b) A1.4.39: rādhīkṣyor yasya vipraśnaḥを例証するBhK8.76において、特定の音が意図的に反復されている。BhK 8.76: (a)saṅkrudhyasi m□ṣā kiṃ tvaṃ did□kṣuṃ māṃ m□gekṣaṇe |(b)īkṣitavyaṃ parastrībhyaḥ svadharmo rakṣasām ayam ||「お前(シーター)はどうして無意味に腹を立てるのか、[お前に]目をやろうとする俺(ラーヴァナ)に。鹿のような眼の女よ。[俺は]吟味せねばならない、他人の妻らの吉凶を。これは悪魔の本務である」柔らかい鼻音(ṅ、ṇ、m、ṃ)の反復はシーターをなだめようとするラーヴァナの言葉の穏やかさを伝える点に、荒いkṣ音の反復はそこに潜む苛立ちを伝える点に、詩的効果をあげている。これら二種の音の明確な対照は詩に律動を生む。同種の詩的技巧は、(c) A 1.4.45: ādhāro ’dhikaraṇamと(d) A 1.4.46: adhiśīṅsthāsāṅ karma並びに(e) A 1.4.48: upānvadhyāṅvasaḥを例証するBhK8.79と、(f) A 1.4.49: kartur īpsitatamaṅ karmaと(g) A 1.4.50: tathāyuktañ cānīpsitamを例証するBhK 8.81にも観察される。BhK 8.79: (c)āssva sākaṃ mayā saudhe (d1)mādhiṣṭhā nirjanaṃ vanam |(e)mādhivātsīr bhuvaṃ (d2)śayyām adhiśeṣva smarotsukā ||「お前は俺と一緒に宮殿に住め。人のいない森にいてはならない。地の上で暮らしてはならない。寝床の上に横たわれ、愛を熱望して」BhK 8.81: (f)māvamaṁsthā namasyantam akāryajñe jagatpatim |sand□ṣṭe mayi (g)kākutstham adhanyaṃ kāmayeta kā ||[自身の賞賛とラーマの非難]「お前は見下してはならない、頭を垂れる世界の主を。なすべきことが分からない女よ。俺をしかと目にしたならば、不幸なラーマをどの女が望むだろうか」[意図せぬ自身の卑下とラーマの賞賛]「お前は見下してはならない、世界の主ラーマを。なすべきことが分からない俺をしかと目にしたならば、不幸で[彼に]頭を垂れる[俺]をどの女が望むだろうか」BhK8.79では柔らかい鼻音(n、m、ṃ)ときつい歯擦音(ś、ṣ、s)の繰り返しが、BhK8.81は柔らかい鼻音(ñ、n、m、ṃ、ṁ)と強く響くk音の繰り返しが対照をなす。加えて、後者の詩節は、語順を入れ替えることによりラーヴァナの言葉に二つの意味が現れるよう構成されている(bitextual speech)。(h) A 1.4.40: pratyāṅbhyāṁ śruvaḥ pūrvasya kartāと(i) A 1.4.41: anupratig□ṇaś caを例証する表現にはHahn2007がWurzel-Yamakaと名付けた技巧(同一の動詞語基から派生する諸語を繰り返す技巧)が見られる。BhK 8.77: (h)ś□ṇvadbhyaḥ pratiś□ṇvanti madhyamā bhīru nottamāḥ |(i)g□ṇadbhyo ’nug□ṇanty anye ’k□tārthā naiva madvidhāḥ ||[解釈1]「部下たちに中位の者たちは約束するが、怯える女よ、上位の者たちはそんなことはしない。目的をとげていない(ak□tārthāḥ )他の者たちは賞賛者を煽動するが、俺のような者たちは決してそんなことはしない」[解釈2]「学識豊かな者たちに中位の者たちは約束するが、怯える女よ、上位の者たちはそんなことはしない。目的をとげているから(k□tārthāḥ)。他の者たちは賞賛者を煽動するが、俺のような者たちは決してそんなことはしない」現在分詞ś□ṇvadbhyaḥと定動詞形pratiś□ṇvantiはともに動詞語基śruから、現在分詞g□ṇadbhyaḥと定動詞形anug□ṇantiはともに動詞語基g□から、それぞれ派生する語である。以上のように、バッティは文法学部門において規則例証のみに専心しているわけではない。彼は種々の文学技巧をときおり規則例証表現の中に織り交ぜている。バッティのこのような詩的戦略はこれまで看過されてきた。まずもって、Bhaṭṭikāvyaは詩文(kāvya)であり、伝統的に大詩文(mahākāvya)の称号を与えられている作品である。この事実の意義を軽視してはならない。
広島大学比較論理学プロジェクト研究センター研究成果報告書(2016年度)This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 15J06976.
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