Departmental Bulletin Paper <論文>「枯葉剤症」の副作用と「バイオ市民性(biological citizenship)」の変容
Side-e ects of Agent Orange Sickness: a not so "Biological" Citizenship

上杉, 健志

7pp.2 - 32 , 2015-03-31 , 京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
ISSN:2188-5974
NCID:AA12260795
Description
本論文の中心的な論点は、社会的存在の特性は、関係によってよりも、対面相互行為の構造によってこそ、根源的に理解できるということである。ニホンザルのハナレオスの出会いの分析から、彼らの相互行為の構造は、二者の出会いと三者の出会いのあいだで大きく異なっていることがわかった。前者においては、融通性に富んだ役割選択を通じて現象的親和性が実現されやすいのに対して、後者では、直線的順位序列に基づいた優位者のディスプレイや攻撃行動が誘発されやすい。次に、日本人大学生の三者間の会話(三者会話と略称)の分析から、身ぶりの微細な協働を通じて独特な関係性が現成していることを示す。関係の典型は、社会人類学の出発点となる親族関係である。これは、生殖という自然史的行為と婚姻という社会史的行為の重合によって生成する事実性に基づいているので、エティックなカテゴリーとして記述することが可能である。これに対して関係性とは、対人的な態度を方向づけるイーミックな知覚の枠組として定義される。南部アフリカ、ボツワナに住む狩猟採集民グイの談話において生起する身ぶりの協働と同期を分析することから、「今ここ」の場に現成する現象的親和性を把握することができた。それは、メルロ= ポンティが暗示した間身体性に根ざすと考えられる。しかし、この親和性は、親族関係にも、参与者たちが言語的に表明する関係性(そのもっとも単純な形は他者の「好き嫌い」に関わる言明である)にも還元することができない。身ぶりの協働や参与者の身体接触といった相互行為の微視的プロセスに注意を払うことは、人びとの言説的実践の底に横たわる非言説的実践の層を照らす有効な通路を与えるだろう。
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