紀要論文 大隅国正八幡宮社家機構の形成過程
The Reformation of the Osumikoku Syohachimangu Shrine System
オオスミコク ショウハチマングウ シャケ キコウ ノ ケイセイ カテイ

日隈, 正守

内容記述
本稿は,大隅国の国一宮である大隅国正八幡宮において,平安中期~鎌倉前期に至る間に社家機構や支配組織がどのように形成されてきたかという課題について考察したものである。その結果,一一世紀前期九州において国内外の争乱により鎮護国家的性格を有す八幡神が広がっていった事,鹿児島神社に八幡神が合祀されて大隅国正八幡宮が成立した事,鎮護国家的色彩を持つ大隅国正八幡宮と大隅国衝とは緊密な関係を持ち,一一世紀後期以降国衛の庇護の下に社領が設定され正八幡宮の経済基盤が拡充していった事,その結果同時期に正八幡宮の社家機構が整備されていった事,一二世紀初期大隅国内で島津荘域が拡大する事により,その反作用として国衛と結んだ正八幡宮の社領も拡大し,支配機構として正八幡宮政所が成立した事,鎌倉初期幕府の支配が大隅国正八幡宮領に及ぶようになると,正八幡宮は安定した社領支配を行うために支配機構を再編し,正八幡宮公文所を設置した事等を明らかにした。中世後期へむけての大隅国正八幡宮の社家機構の変質過程については,今後の課題である。
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