学位論文 東北日本内帯北部の海跡湖における完新世の地形変化と湖水環境変遷

葛西, 未央

pp.1 - 2 , 2015-03-24
内容記述
国土の約7割が山地となっている日本では,海岸とその周辺に発達する低地に人口が集中し,現在の大都市の多くが立地している.ダム建設や堤防の整備などの治水対策が行われているものの,高度経済成長期以降における低地への居住地拡大は,住民の自然災害への意識が希薄な状態で進行したといっても過言ではないであろう.近い将来生じる,またはすでに始まっていると推定される地球温暖化は,海水準の上昇を引き起こし日本の沿岸域にも影響を与えると予想され,さらに近年の異常気象による台風や地震による津波などの自然災害が相乗して,低地の脆弱性を高めるものになると考えられる.したがって日本の臨海部に分布する沖積低地や海跡湖の形成史,およびそれらをとりまく海況の変遷などを明らかにすることは,今後の劇的な環境変化に対応するための基礎資料を提示する上で重要な課題の一つであると思われる.海跡湖は河川河口部に見られる地形で,最終氷期末以降の気候変動に伴った海面上昇により海域が陸域内に侵入して内湾となった場所が,その後の砂州等の形成により外洋から遮断され,湖のような形態に至った水域である.海跡湖の成立過程や湖水環境の変遷の復元は,従来の研究では臨海沖積平野の堆積物を対象とした微化石や地球化学的な分析結果から議論が行われてきたが,縄文海進以降に急激な地形変化が生じていたことを考慮すると,これらの分析のみならず湖自体の地形や水深の時系列変化も考慮した検討が必要不可欠である.本論文では青森県十三湖周辺地域および秋田県八郎潟周辺地域において,新たに複数箇所でオールコアボーリング調査を行い,採取された堆積物の層相観察,粒度分析,珪藻分析,総イオウ含有量分析,14C 年代測定を実施することにより海跡湖に河口を持つ河川低地の古環境変遷を明らかにした.さらに,それらの結果と完新世における湖の形態,特に水深変化を考慮し,縄文海進以降の海跡湖の成立過程,および湖水環境の変遷に関して考察を行った.岩木川最下流部に位置する十三湖では,縄文海進によって約7,000 cal BP に塩分が高い内湾環境を示す珪藻種が多産し,亀ヶ岡遺跡周辺付近まで海域が広がっていたことが明らかにされた.十三湖は,これらの内湾環境から約6,000 cal BP は淡水浮遊生種群のAulacoseira granulata が優占する淡水の影響が強い湖沼環境へと変化し,その後,現在の汽水環境へ至る.約6,000 cal BP に生じた淡水化の要因は,ほぼ同時期に形成された砂州により内湾が外洋から隔たれたことであると推定された.しかし,同層準で実施したイオウ分析の結果では,海成堆積物であることが示され,珪藻分析結果とは相反する結果が得られた.これは,当時の十三湖が現在よりも大きな容量を持ち,水深の大きい湖であったことから,塩分躍層を境にして湖水が成層化したことによるものであると考えられる.この湖水の成層現象は,湖底が河川の土砂供給により埋積されることで解消され,湖水深が小さくなった十三湖は,海水と淡水が撹拌されやすい現在の汽水環境に変化している.淡水化は当時の湖全域において約6,000 cal BP に開始したが,淡水化の終了,すなわち汽水環境へと変化する年代は地点ごとに異なっており,約5,000 ~2,000 cal BP 以降であることが明らかとなった.これらの差異は地形場の違いによって生じたと推定され,土砂供給量が多くデルタの発達速度の大きい河川沿いでより早く埋積が進行し,湖水の攪拌が生じたためであると考えられる.十三湖周辺地域における研究と同様の手法を用いて推定した八郎潟の湖水環境は,珪藻分析により約9,000 calBP には内湾環境が成立,約5,500 cal BP に淡水化が生じ,その後,淡水の影響の強い汽水域へと変化している.八郎潟においても十三湖と同様にA.granulata の優占が淡水環境の指標となったが,同層準のイオウ分析結果は陸成(淡水)堆積物と判別された.この事実は珪藻分析から復元される環境と同調する結果となり,表層と湖底の成層化はみられないことが示された.本研究では,八郎潟南部において縄文海進以降,日本海と内湾を隔てた砂州が海底下で堆積を開始したのは約8,000 cal BP 前後,海水準と同高度となり離水したのが約6,000~5,000 cal BP,風成砂が被覆し,砂丘が形成されたのが約3,000 cal BP であることが明らかとなった.このように海跡湖周辺における堆積物の珪藻分析から得られた環境変遷と,砂州の構成層から推定した形成時期が同調している.すなわち,この時期に形成された砂州によって,八郎潟が外洋からの影響を極めて受けにくくなり,淡水環境が強まったことが指摘できるであろう.本研究では,十三湖,八郎潟,およびそれらの周辺低地におけるボーリングコアの諸分析をもとに,完新世における湖の形態,特に水深変化を考慮しながら,縄文海進以降の海跡湖の成立過程,および湖水環境の変遷に関して考察を行った.その結果,海面変動,気候変化といった外的な環境変化のみならず,湖沼自体の地形変化も大きな影響を与えていることが明らかになった.
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