Departmental Bulletin Paper 八名川町は「本所」か「深川」か? : -宇江佐真理氏の小説『通りゃんせ』をめぐる地名表示の考察-
ヤナガワ チョウ ハ 「ホンジョ」 カ 「フカガワ」 カ : ウエザ マリ シ ノ ショウセツ 『トオリャンセ』 オ メグル チメイ ヒョウジ ノ コウサツ
Is Yanagawa-cho Honjo or Fukagawa?: : On the Names of the Streets in Toryanse by Mari Ueza

多ヶ谷, 有子

132pp.79 - 124 , 2015-07 , 関東学院大学[文学部]人文学会
ISSN:02861216
NCID:AN00048092
Description
宇江佐真理氏の時代小説『通りゃんせ』は、初出『野性時代』掲載時には「本所八名川町」と地名表記されたが、単行本及び文庫出版に際し「深川八名川町」と訂正された。出版社校閲より江戸八名川町は本所ではなく深川である旨の指摘を受けての処置である。宇江佐氏は釈然としないとエッセイで述べる。本稿では安永以降の『武鑑』における同地の地名表示を検討した。その結果、『通りゃんせ』の舞台となる天明期、「本所やな川丁」「本所柳川丁」の表示が用いられており、「本所八名川町」が時代考証的に適正であったと結論する。幕末に「八名川町」と表記され深川とされる。明治11年深川区に編入されるが、『武鑑』で「深川」とされるのは化政期以降で、天保期でも必ずしも深川でなく本所ともされ、幕末近くまで本所との意識は残存していた。その間、本所か深川かは同時期でも混用され、『武鑑』の版元の相違、役職の相違などで混用された。江戸時代本所か深川かを画然と定めることはできない。北斎の女婿柳川重信の「柳川」も当時の居住地表示「本所柳川町」に基づく。
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