紀要論文 白樺派に対する「人道主義」評価の起点
シラカバハ ニ タイスル ジンドウ シュギ ヒョウカ ノ キテン

中山, 佳奈  ,  ナカヤマ, カナ  ,  NAKAYAMA, Kana

(30)  , pp.35 - 48 , 2015-07-10 , 千葉大学文学部日本文化学会 , チバダイガクブンガクブニホンブンカガッカイ
ISSN:0385-7980
NII書誌ID(NCID):AA12576416
内容記述
ここ十年ほどの間、白樺派をメインに据えて語る論文はほとんど見受けられず、現在白樺派が、研究的視点からどのように評価されているかを考えることは困難だ。そこで、白樺派が一般的に受けている、あるいは受けてきた評価について考えるために、国語の授業で用いられる副読本、多く国語便覧と呼ばれるものを調査した。一九五〇[昭和二十五]年以降、出版社ごとに最新のものを一冊ずつ、計十五冊を対象としている。この中で最も新しい資料は、二〇一四[平成二十六]年出版の、京都書房『国語図説』である。そこで白樺派は、「暗い現実を描く自然主義の「真」の文学にも、耽美派の「美」の文学にもあきたりない若い作家が明治末年に新しいグループをつくった。(略)豊かな家庭に生まれ育った彼らは、自己に忠実に生き、個性を伸ばすことを主張して、理想主義・人道主義の立場に立った」とされていた。調査した副読本のうち、一九八〇年代以降出版の八冊は、おおよそ同様の説明で、白樺派と「自然主義」の対立を示しながら、彼らを「理想主義・人道主義」と語る。『国語図説』の中では、「理想主義」、「人道主義」のどちらについても、ほとんど明確な説明はなく、曖昧な部分が残ったままになっているが、比較的古い便覧の言及では、「理想主義」と「人道主義」は、説明の道筋が明確に異なる。一九五三[昭和二十八]年の桜井書店『総合国語研究要覧』では、「各時代文学の特色及び文学思潮一覧表」という形で文学史を示すが、この中では「自然主義文学への反動」としての「新理想主義時代」に、「白樺派文学運動」が起こったと
している。一九六六[昭和四十一]年の日栄社『総合国語学習要覧』、一九七七[昭和五十二]年出版の桜楓社『必携国語国文学要覧』(一九六七[昭和四十二]年三月に出版された、さるびあ出版の『国語国文学要覧』と同内容)も、「理想主義」という言葉を、「自然主義」に対するアンチテーゼとして用いている。「人道主義」は、「人道の理想を説き、人類の幸福を増進するを以て道徳の再興の目的となし、従つて、同上や恵み、献身等、凡ての愛他的行為を本義とする。又近代人が事故の人間性を自覚し、あらゆる束縛から人間を解放しようとする運動及び理想」、「大正期に入ってトルストイの影響やデモクラシー思潮の勃興などから、次第に人類愛・人道主義をかかげるようになった」と説明され、彼らの作品や主張へ向けての言葉であったと言えよう。一九六九[昭和四十四]年三月の明治書院『国語便覧』では、白樺派について、「〈無理想無解決〉の自然主義に対して、自己を明るく肯定し、人道主義的な思想を作品化しようとした」とあり、既に混用が見られるが、白樺派に与えられている評価のうち、「理想主義」は来歴を示し、「人道主義」は態度、作品に対しての言葉であったと概括できる。ただ、白樺派の作品紹介に目を向ければ、「人道主義」的作品として提示されるものはかなり限られている。二〇〇一[平成十三]年出版の東京書籍『新総合図説国語』で、有島健郎の「生れ出る悩み」を、「白樺派らしい人道主義が、一筋に個性をのばす人間への隣人愛となってほとばしった作品」と、また同じ便覧の中で、志賀直哉の「十一月三日午後の事」を、「人道主義、非軍国主義の
感情が現れている点で好評だった」と紹介している。この他に、『総合国語研究要覧』では、有島健郎の項目において、「明治四三白樺同人となり、『或る女』等の作品を書き人道主義作家として重きをなす」とあり、『国語図説』内の、武者小路実篤の説明文中では、「学習院在学中からトルストイに傾倒。「白樺」を創刊して、『お目出たき人』(明44)『世間知らず』(大1)を発表した。次第に人道主義の色彩を濃厚にして、戯曲『その妹』(大4)などを発表」としている。後ろの二列は、作品に対して人道主義という判断を下しているとも、いないとも取れる文章であるため、参考に留めざるを得ず、実質、作品と人道主義と関連させている便覧は、一冊だけと言えよう。作家一人一人に対してのコメントを鳥瞰したとき、「人道主義」的と評されることが最も多かった武者小路の作品紹介には、「人道主義」と直接的に結び付けられるものがなかったことも看過できない。作品の内容や主張を示しているはずだった「人道主義」と、「白樺派」という言葉の関係性は、無理に掛けられたようなボタンのような歪さを持つ。 本論文の目的は、来歴を示すわけでもなく、作品内容を示すわけでもない「人道主義」という言葉が、一体どこで白樺派と結び付くことになったのか、探ることにある。個々の作品、作家研究で、永い間否定され続けてきた、白樺派に対する「人道主義」という評価が、今日まで受け継がれた理由が、作品、作家研究の中でしか論じられなかったことにあると仮定したうえで、別の面からのアプローチに挑戦してみたい。
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http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/AA12576416/30_35-48.pdf

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