Departmental Bulletin Paper 現代中国知識人の表象としての「民間」理解
Understanding of "Folk" as a Representation of the Modern Chinese Intellectuals

花尻, 奈緒子  ,  HANAJIRI, Naoko

33pp.85 - 97 , 2016-03-31 , 三重大学人文学部文化学科
ISSN:0289-7253
NCID:AN10045090
Description
中国近現代の知識人は、今日まで一貫して「民間」および「民間文化」に対し、関心を寄せ続けている。本稿では、これらの知識人の「民間」に関わる議論・研究の分析を通して、その「民間」理解がいかに変遷したかについて考察する。1920年代、魯迅・周作人・瞿秋白らに代表される「五四」新文化運動に携わった知識人は、民歌・雑劇・歌謡といった民間文学を、真に大衆の生活を描くものとした。30~40年代の「民族形式」論争においては、近代的民族標準語の源泉として、民間言語・民間形式が論じられた。また、解放後は文芸の普及と向上という目標のもと、民間形式を研究した文芸が多数生み出された。文革と改革開放を経た90年代、陳思和ら上海知識人を中心に「民間」問題の再提起が起こり、脱イデオロギー統治の構想のもと、知識人の活動空間としての「民間の立場」および精神的資源としての「民間文化」が議論された。これらは、20年代以降、民間を啓蒙対象或いはプロパガンダ文芸生産の源泉としてのみ扱ってきた知識人の歴史を対象化して民間の性質を改めて検討し、その上で主流イデオロギーに影響されない、民間が独自に発揮する自由さ、芸術性などに光を当てるものであり、またこの過程において民間はユートピア視された。しかし2010年代の張錬紅による戯曲改造運動をテーマとした研究によって、新たな「民間」理解が示された。すなわち、90年代知識人が主流イデオロギーおよび知識人活動の客体としてイメージした民間文学の改造の過程には、少なからず「知識人不在」の、民間内での改造があったことを示し、民間と主流イデオロギーの二項対立解消を提示したのである。知識人と大衆の間がより曖昧になりつつある現在の中国社会が反映された、この新たな「民間」理解は、中国近現代文学研究界の意識変化を示唆している。
Full-Text

http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/15031/1/10C17647.pdf

Number of accesses :  

Other information