学位論文 Ecological genetic studies on intraspecific variation and evolution of reproductive systems in Viola brevistipulata [an abstract of entire text]

速水, 将人

2016-03-24
内容記述
植物の繁殖様式は、花を介し種子を形成する有性繁殖(種子繁殖)と、雌雄の配偶子の受精なしに個体を形成する無性生殖(栄養繁殖)に大別される。さらに種子繁殖には、他家受粉(他殖)と自家受粉(自殖)の2つのプロセスが存在する。固着性で自ら動くことのできない植物は、このような多様な繁殖様式を生育地の複雑な環境(生物的・非生物的)に適応してきた。従って現在、この地球上に生育する植物種の姿は、繁殖様式に代表される生活史特性と環境要因との相互作用の一つの帰結といえる そこで本博士論文では、多年性草本オオバキスミレViolabrevistipulataを対象に、繁殖様式を明らかにするとともに、繁殖様式の種内変異と集団分化の実態を生態学的・分子系統学的アプローチにより解明することを目的として行った スミレ属植物は、「開放花」と呼ばれる他殖が可能な花を形成するほかに「閉鎖花」と呼ばれる自殖のみを行う花を同じ個体が形成して種子繁殖を行う 第一章では、オオバキスミレの開放花と閉鎖花の形成が、異なる生育地に生育する複数の集団間でも維持されているかどうかを調べるために、北海道の複数の野生集団を対象に調査を行った 各集団で個体あたりの開放花と閉鎖花の数を追跡調査した結果、開放花と閉鎖花の両方を形成する集団と、閉鎖花を形成せず開放花のみを形成する集団が存在した また開放花と閉鎖花の結実率を調査した結果、開放花と閉鎖花を形成する集団では、その両方の花で種子生産が行われていた しかし、閉鎖花を形成せず開放花のみを形成する集団では、開放花でもほとんど種子生産が認められなかった さらに生育環境(光環境または送粉環境)が同じであると考えられる隣接集団間でも同様の傾向が認められた つまり、オオバキスミレにおける開放花と閉鎖花の形成は種内集団間で明瞭に異なり、環境の違いによる可塑的な変異である可能性は少ないと考えられた 第二章では、第一章で明らかになった開放花と閉鎖花の形成様式が集団間で明瞭に異なる要因を探った 一般的に、植物種内において開放花と閉鎖花の形成が維持される一つの仮説である「繁殖補償仮説」では、開放花の結実が不十分である場合、閉鎖花が種子生産を補償すると考えられている 本研究では、オオバキスミレにおける開放花の結実様式の実態を解明するため、開放花と閉鎖花を形成する集団と開放花のみを形成する集団の開放花について人工的な操作実験(強制他家受粉・強制自家受粉・袋掛け処理)を行った その結果、強制他家受粉と強制自家受粉処理を行った後の種子生産量は、開放花と閉鎖花を形成する集団の方が、開放花のみを形成する集団よりも多かった また袋掛け実験の結果、開放花と閉鎖花を形成する集団では結実が認められたのに対し、開放花のみを形成する集団では全く結実が認められなかった このことは、開放花と閉鎖花を形成する集団の個体は、閉鎖花だけでなく開放花の自動自家受粉で種子生産が補償されることを示しており、開放花のみを形成する集団の個体の開放花には、種子生産を補償する機能が認められないことを示唆している したがって、繁殖補償仮説の観点からは、オオバキスミレにおける開放花と閉鎖花の進化的維持を説明できないことが示された さらに、地下部の掘り取り調査より、開放花と閉鎖花を形成する集団では栄養繁殖が確認されなかったが、開放花のみを形成する集団では、根茎による栄養繁殖を行っていることが確認された 以上よりオオバキスミレでは、開放花と閉鎖花による種子繁殖で集団を維持する“種子繁殖集団”と、開放花のみを形成するが、その開放花においてもほとんど種子生産を行わず、主に栄養繁殖によって集団を維持する“栄養繁殖集団”という、種内で異なる繁殖様式を示すことが明らかになった このことは、生育環境(光環境または送粉環境)の違いのない同一地点の隣接集団間でも同様の傾向が認められたことから、オオバキスミレ種内の繁殖様式の集団分化は、現在の環境条件下で生じたものではなく、過去に繁殖様式の集団分化が生じ、それが現在の種内集団間で維持されている可能性が示唆された 第三章では、オオバキスミレ種内にみられる異なる繁殖様式の進化的背景を探った 第一章と第二章の一連の生態学的調査により、北海道に生育するオオバキスミレには、開放花と閉鎖花を介した“種子繁殖集団”が存在する一方、開放花のみを形成するもののほとんど種子を生産せず、主に地下部の根茎の横走を介した“栄養繁殖集団”が存在することが明らかになった 本研究では、オオバキスミレ種内における繁殖様式の集団間分化の実態を把握し、その進化的背景について知見を得るため、北海道の調査地点を増やすとともに、東北地方の集団に関する調査を実施した さらに繁殖特性が明らかになった集団の系統関係を明らかにするため、分子系統解析を行った その結果、種子繁殖集団と栄養繁殖集団は、いずれも北海道及び東北地方の広範囲に分布していることが明らかになった また、核と葉緑体DNAの分子系統解析の結果では、オオバキスミレは単系統性を示し、近縁種と遺伝的に明瞭に区別される独自のクレードを形成した しかし、種子繁殖集団と栄養繁殖集団は異なる遺伝子型を持ち、同一環境下に生育する隣接集団間においても、繁殖様式の違いに対応した遺伝的分化が認められた したがってオオバキスミレ種内では、異なる選択圧によって、種子繁殖集団と栄養繁殖集団の遺伝的分化が生じていると考えられた さらに遺伝子型ネットワーク解析より、遺伝的に同一な個体を形成する栄養繁殖集団において、種子繁殖集団よりも多くの遺伝子型が認められた この結果は、集団が維持されている時間の長さを反映していると考えられ、種子繁殖集団と栄養繁殖集団は、異なる進化的背景を持つことが示唆された 一連の研究によって、オオバキスミレにおける繁殖様式は極めて多様な変異を持つだけでなく、集団間で明瞭に分化していることが明らかになった。さらに、本種の繁殖様式の種内分化は、遺伝的分化を伴い、集団間の遺伝的多様性にも影響を及ぼしていることが示唆された 本研究より得られた知見は、植物の代表的な繁殖様式を包含する一般性の高い成果であり、植物の繁殖様式の分化メカニズムや、適応進化の遺伝的背景を理解する上で非常に有意義であると考えられる。
Hokkaido University(北海道大学). 博士(環境科学)
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