Departmental Bulletin Paper 植民地期朝鮮における創作版画の展開(4) : 仁川における佐藤米次郎の創作版画活動と時局下の蔵書票展の開催について

辻(川瀬), 千春  ,  TSUJI, (KAWASE) Chiharu

32pp.47 - 62 , 2017-03-31 , 名古屋大学博物館
1940年1月に青森から仁川に移住した版画家佐藤米次郎(1915–2003)は,創作版画の普及活動を仁川を拠点として積極的に展開した.その一環として時局下に京城で企画した蔵書票展覧会では,日本の錚々たる版画家の作品を展示し「小品美術展」と位置付け,また佐藤が移住後に知己となった,朝鮮在住の日本人による版画作品も展示したことを明らかにした.佐藤は植民地朝鮮において版画創作や版画を伴う児童文学の普及活動を通して人脈を広げて行ったが,その活動に朝鮮人の参加は見られず,一貫して日本人のネットワークにとどまっていた.それは,佐藤の創作版画活動が,決戦下に当局側が期待した植民統治の役割を負わず,郷土日本に根差した創作版画の味わいを真髄とした純粋な芸術活動として展開し続けたことの証左であった.After Yonejirou Satou (1915–2003) moved to Incheon, Korea under Japanese rule, from Aomori in January, 1940, he developed the promotional activity of‘ Sosaku Hanga’ aggressively. He planned the exlibris exhibition in view of the political climate as the part of the activity. He did not follow the request of the government to use Hanga to unify the will of the people following the victory in war. He developed the activity as private artistic pursuit.

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